日記の代わりに作曲をしている人に、昔からささやかな憧れを抱いています。
日々の出来事や心の動きを、文字ではなく音として残していくという習慣には、言葉とはまた違った豊かさがあるように思えるからです。作曲が自分の生活の一部になっているというだけで、その人の時間の流れ方までも穏やかに感じられます。
とはいえ、私自身がいきなり作曲に挑戦するとなると、さすがに難易度が高いのではないか……と尻込みしてしまいます。
そこで、もっと身近で、もっと簡単に取り組める方法はないものかと考え、ふと「俳句にメロディーをつけてみる」という案が浮かびました。俳句なら短いですし、音にするにも扱いやすそうです。
季節は秋。秋らしい句を探してみようと思ったとき、真っ先に心に浮かんだのが、
「柿喰えば 鐘が鳴るなり 法隆寺」。
あまりにも有名で、子どもの頃から何度も耳にしてきた一句ですが、その素朴で静かな情景が好きで、いつも印象に残っています。
歩きながら、その俳句をそっとリズムに合わせて唱えてみました。
すると、四分の四拍子で「柿喰えば」「鐘が鳴るなり」「法隆寺」がそれぞれ一小節ずつにぴたりと収まりました。
ちょうど良いと言えば良いのですが、これでは三小節しかなく、曲として考えると少し物足りなさを感じます。メロディーを付けても、あっという間に終わってしまいそうです。
そこで繰り返しを加えることにしました。
「柿喰えば」「柿喰えば」「鐘が鳴るなり」「鐘が鳴るなり」。
四小節になった途端、音の流れが生まれて、少し音楽らしくなってきます。繰り返すことで句の印象も強まり、リズムがはっきりしてきました。
さらに、終わりの部分をどうしようかと考えながら歩いていると、ゆっくり伸ばす表現があると良いと思い、二分音符で「ほう」「りゅう」「じ」と区切る方法を思いつきました。これで三小節ぶんが追加され、全部で七小節になります。
ただ、七小節だと曲のまとまりとしては少し落ち着かない印象があります。
どうせなら、きりの良い八小節にしたいと思い、最後の「じ」をもう一小節伸ばしてみることにしました。これだけで全体のバランスが整い、メロディーの終わり方にも自然な余韻が生まれるように思えます。
気がつけば、歩きながら頭の中で小さな曲を組み立てている自分がいて、少し可笑しくなりました。特に目的を持って考えていたわけではなく、ただ散歩をしながら思いついたことを追いかけていただけなのに、なんとなく心が軽くなるような、楽しい時間になっていました。
こうした小さな試みでも、日常に音がひとつ加わるだけで、景色の見え方が少し変わるものなのだと感じます。
今後は、ほかの俳句でも同じようにメロディーをつけてみたり、少しずつ自分なりの作曲の「日記」を増やしたりしていけたら、きっと毎日がもう少し丁寧に味わえるようになるのではないかと思っています。
