バッハのインベンションは、単なる旋律の集まりではなく、いくつかの明確なブロックに分けて考えることで、その構造の美しさや作曲上の工夫をより理解することができます。全体を俯瞰すると、次のような段階に分けられます。
まず、a moll(イ短調)で提示されるテーマから曲は始まります。この冒頭のテーマは曲全体の「核」となる部分であり、シンプルでありながらも強い個性を持っています。聴く者に曲の基調や雰囲気を印象付けると同時に、後の展開への伏線を内包しています。
次に、曲は平行調の C dur(ハ長調)へ転調します。この部分は曲の中でも特に技術的にも表現的にも難易度が高いブロックです。ところどころで G dur(ト長調) の響きが顔を出し、単調にならず豊かな和声の変化を生み出します。この部分では、緊張と遊び心が入り混じり、聴く者の注意を引きつけます。
さらに、トライトーンが1音ずつ下降していく部分が続きます。トライトーンは古典音楽において不安定で緊張感を生む和音として知られており、この下降線はまるで物語のクライマックスのように、音楽に緊張感とドラマをもたらします。聴いている側としても、次に何が起こるのか予想できないドキドキ感があります。
そして曲は再びa moll に回帰します。ここで全体の調性は落ち着きを取り戻し、冒頭で提示されたテーマの余韻とともに曲の統一感を再確認させます。この再現によって、聴き手は安心感を得ると同時に、最初に提示されたテーマが曲全体を支配していたことを再認識します。
最後はコーダで締めくくられます。ここでは曲のすべての要素が収束し、余計な装飾を加えることなく、しっかりとした結末を迎えます。このコーダによって曲は完結し、全体としての構造の美しさと調和が際立ちます。
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この音楽の構成を、日常の身近な例として定食屋さんに置き換えてみると、より直感的に理解できます。
テーマの部分では、店主が「もっと鯖の良さを広めたい。鯖定食をたくさんの人に食べてもらいたい!」という純粋な思いからスタートします。この時期は店の基本となる鯖定食が中心で、余計な装飾はなく、でも鯖の味はしっかりと伝わる、まさに曲のテーマと同じ役割を果たしています。
展開部(平行調へ転調)では、店主の創作意欲が高まり、次々と新しいアイデアが生まれます。味噌汁を蒙古タンメン風にアレンジしたり、漬け物の代わりにたこ焼きを添えてみたりと、自由で楽しい試行錯誤が続きます。この時期はまさに音楽における転調や和声の変化のように、予想できない面白さと緊張感に満ちています。
緊張の部分(トライトーンの下降)では、現実に直面します。複数のお客様から「これ、鯖なくていいのに」という声を聞き、店主はショックを受けます。この瞬間は、音楽における不安定なトライトーンの響きと同じように、心の中に一瞬の緊張や葛藤を生み出します。
再現部(a mollへ回帰)では、店主は初心に立ち返り、メニューはシンプルな鯖定食に戻ります。しかし、以前よりも食器や盛り付けなどのセンスが洗練されており、同じテーマでも表現に深みや豊かさが増しています。これは音楽における再現部が、冒頭のテーマを繰り返しつつも、経験や変化を反映してより成熟した響きになることと重なります。
コーダでは、店主は「自分は誠実に鯖定食を作ればいい。余計なことはせず、このやり方で十分だ」と自信を取り戻します。ここで物語は終わりを迎え、余計な装飾を加えなくても十分に完成された状態で締めくくられます。音楽におけるコーダが曲全体をまとめるのと同じく、店主の考えもまた、最終的に落ち着いた安定感の中で結実します。
