simonのブログ

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模型、ミニバレー、祭り、酒など昭和オヤジのきままなBLOG

模型や神輿、ミニバレー、酒などオヤジの雑多な趣味を紹介しています。


「R」が我が家にきて半月ほどたつが、相変わらず手を焼いている。

 

冬鳥がいなくなり、普段はまずレンズを向けない鳥たち相手にプラクティスの日々・・・

 

 

 

アーデモナイ、コーデモナイとカメラの設定をいじっていると、西日を背負って聞きなれたターボジェットの爆音

 

海上自衛隊 P-1哨戒機である。

 

高度 3000ft=1000m

 

まさに頭上をかすめ 南へバンク

 

水平にもどしつつギア ダウン

 

 

 

以前はP-3Cが同ルートで飛行していたが、2年ほどまえからP-1になっている。

 

海上自衛隊下総基地では3月でP3-Cの運用は終了しP-1に完全移行したという。

 

海自全体でも時期は不明ながら順次P-1に移行していくとのこと。

 

40年間日本の海を守ってくれた海神が退役とは寂しい限りである。

 

最近 P-1の稼働率の低さが話題になっており、それはそれで問題であるが、バックアップとしてP3-Cが延命してくれないものか、と淡い期待をいだくトシヨリである。

 

我が家に慶事があった。

 

このトシヨリが「新婦の父」となったのである。

 

周囲から「号泣しましたか?」「絶対泣いたでしょ」と散々言われたが、当日は賑やかなパーティーでそれどころではなく、良かったのか悪かったのか??である。

 

子供たちを小い頃から可愛がってくれていたイタリアの友人も「イタリアの父」として来日参列。

携帯を片手に翻訳された日本語を読み上げながらスピーチ。

たどたどしさも含めて会場をおおいに沸かせ、皆を笑顔にしてくれた。

子供達と「イタリアの父」の3ショット

なかなか感慨深い一枚となった。

 

 

 

彼が我が家で数日過ごしたある夕食時、

「なにか一品つくってヨ」というリクエストにカルボナーラを作ってくれた。

 

レシピはいたってシンプル。 

 

卵と少量の牛乳+粉チーズ加え、炒めたベーコンとパスタに絡めるだけ。

 

ポイントは茹で汁の湯気がたつ鍋の上でゆっくりと混ぜ合わせる。

 

これで卵が固まらず実にクリーミーになるという次第!

 

ナルホドと感心し、後日 同じように作ってみたが出来上がりは「ナントナク」それっぽい別物であった。

 

やはり本場の空気感まで再現するのは難しい。

 

初対面だが、ギター趣味が一致した義弟とはギターコレクション談義で大盛り上がりの一夜。

言葉も満足に伝わらないのに好きなモノが同じだと距離が一気に縮まるのは面白い。

 

そんな賑やかな日々の中、幾番目かの夕食の席で、彼が一枚のセピア色の写真を見せてくれた。

 

軍服姿の二人の男性

 

彼の叔父兄弟という。 

 

左側が兄、右側が弟。

 

 

1945年 7月  イギリスで撮影された写真だ。 

 

話によれば、兄はイタリア軍兵士として、弟はアメリカ軍兵士として従軍。

兄は捕虜となって抑留され、イタリア降伏の2年後異国の地イギリスで再会をしたのだという。

 

詳しい経緯はわからない。

だが、戦前よりイタリアからアメリカへ移民や出稼ぎする人達は多く、弟は移民先でアメリカ軍へ。一方故郷に残った兄はイタリア軍へ・・・そんな時代背景だったのかもしれない。

 

いずれにせよ、戦争が家族を引き裂いたのである。

 

 

我が家の慶事の中で皆と笑いあいながら過ごした数日間。

 

その最後に聞いたのこの話は、少しだけ胸に沁みるものであった。

 

<蛇足>

 ここからは……いつもの「一枚の写真からの想像」である。

① 右側の弟の腕章を見ると、アメリカ陸軍の技術伍長と思われる。

② 二人の軍服は、ベルトループや胸ポケット形状などから同系統のものに見える。

③ ただし、帽子(ギャリソンキャップ)は異なっているようだ。弟のものはアメリカ軍の正規品と思われる。

1943年のイタリア降伏後、イタリア国内の情勢は非常に複雑化した。

連合国側につく部隊、親独側に残る部隊、さらにパルチザンなどが入り乱れ、事実上の内戦状態となっていく。

その中で、連合国側についたイタリア兵たちは、補助兵や労務兵として連合軍に協力していたという。

 

写真の兄の軍服を見ると、本来両袖に付く階級章が見当たらず、帽子も正規品とは少し異なるように見える。

 

あるいは彼もまた、降伏後に連合軍管理下で補助兵的な任務に就いていたのかもしれない。

 

もちろん、これは一枚の写真からの想像に過ぎないのだが。

 

 

G-1.0に続き -0.0 である。

 

 

先のG-1.0で スクリーンに震電が飛翔するシーンに狂喜したヲタ達が多かったことであろう。

 

 
そして「-0.0」 である。
 
ゴジラに追われて離水する  川西「二式大艇」!!
旧日本海軍の大型水上飛行機である。
 
世界で現存する機体は鹿児島県の鹿屋海上自衛隊基地に展示されているもののみ。
本機は「斉藤茂太」氏(茂吉の長男)などの尽力によりアメリカから返還されたもの。かつてはお台場の「船の科学館」に展示されていた。このトシヨリも35年ほど前見学し当時の写真どこかに眠っているはず・・
 
紫電改などを生んだ「川西航空機」は戦後「新明和工業」と名称を変え 先のネタにも登場したUS-1,2を製造している。
 
戦時中の日本の誇る技術が現代にも引き継がれているという好例である。
 
この二式大艇がスクリーンに登場するだけでもタマランチンなのであるが、予告編には更に気になるシーンがある。-1.0で震電を操縦した敷島(神木隆之介)が単発機とおぼしき機体を操縦している。
 
 相変わらず米軍風ゴーグルに米軍フライトジャケットG-1風レプリカ。(怒!)いやいや旧海軍パイロットなのであるから鷲目ゴーグル使え!とツッコんでしまうトシヨリ・・
 
さて、問題の機体はなんであろうか?!
P-51ムスタングのような後部風防に枠のない水滴風防。
かつ、フレームが大きく広がっているバブルキャノピーであることから大戦時に実戦配備された機体にはない形状である。 
垂直尾翼に水平尾翼がみえることから震電のような前尾翼機ではないことは確かだ。
ただし、この角度で主翼が見えないのは不可解でもある。
 
 
さらにコマ送りで確認すると、機体に日の丸らしきマーキングも見える。
 
ネット上ではA-1 スカイレーダーではないか?という説もでているが・・・・
 
スカイレーダーに日の丸をつけてゴジラに挑むとしたら、どんな物語にになるのか、興味は尽きない。
 
 
-0.0ゴジラ!
 
公開は11月。
それまで小出しにされる情報を肴に、あれこれ想像をたくましくするのもまた楽しみである。