今日、ダンナとふたりで美容院に行きました
予約は12:00

昨夜、今日の予定を話していたときの事
 わたし)「明日は予約12:00だから、少し早く出て
      軽くお昼を食べてから美容院行く?」
 ダンナ)「んん」


確かにこの時点ではっきりとした時間なんかは決まったことでは
ないかもしれませんが、はやく家を出ることにはダンナは"賛同"
しており、ダンナもそのように行動するのでは?と思っていました

ここでいう少し早くというのがクセモノです
少しとはどれくらいを指すのか・・・

--かつて、我が家は、この類のことで数知れず、
言い合いから"議論"にまで発展しました

でも今は違います
言い合いをすることに疲れただけでなく、"議論"を重ねたことによって
何かが私たちの中でうまれたので、言い合いをしなくてもよい方法を
経験により体得できたように思います

実際の出発は11:30
ここで問題なのは、
1)それでも食事をするのか
2)食事をするならどこですませるべきか   です。

そしてもうひとつ、なにより大切なのは、
"なぜ出発が11:30になったか"というお互いの"捉え方"なのです

おそらく
ダンナ〔自分だけでなく嫁も出る間際まで支度をしていた〕
わたし〔自分の支度は済んでいたが、ダンナの支度が終わるまで
    家の何かをしながら待っていた〕
というところではなかろうかと思います

そうです、私たちに微妙なズレがあるからなのです

結局、予定の所とは違うものの、軽く食事を済ませ
はや足でやや遅刻気味の美容院へと急ぎました


もし、私があの時
「いつまでも寝ていて、私に散歩も押しつけて、あなたの支度が遅いからでしょ!」
とでも言おうもんなら、きっと売り言葉に買い言葉で、その3倍くらいのパンチが返ってきたかもしれません
車中の雰囲気も悪くなり、3連休最後のお休みが台無しになったかもしれません

でも、間違ってはいけないのは、
私がそこで何も言わなかったことはあきらめではないということです
けんかをしたくないという理由だけではなかったということです

・・・こんな日常よくありそうなことを、活字にするとなんだか
とっても大そうな出来事が起こったかのようにみえるのが不思議ですね
でもこうしてお互いの想いや、ものの捉え方に着目すると
私たち夫婦が言い合いをする必要性を感じなくなります

自分が責められていると思うと、反論したくなる
・・・そんなものですよね?

縁あって、一緒になった相手ですから
相手の言葉にもきちんと耳を傾けたり、相手の状態をきちんと理解するための
心のゆとりは持っていられる妻でありたいな
と思いました