最近、動画で身体操作に関連したエクササイズを良く見るようになりました。
どれも体に関わる普遍的な内容なので、「そういう練習方法があったか!」と感心する事が多いです。
情報が多いのは良い事だと心から思います。何よりもトラストリテラシーが高まります。
どのようなフィットネスにも身体操作は大事ですので、情報が多い世の中は非常にありがたいと本当に思います。 僕が中学生の頃は本物の中国武術なんて写真以外で見た事はありませんでした。
ところで、最近の身体操作のエクササイズって体を各パーツ毎に分けて練習するアプローチが多いと思いませんか。
動画等だけの限定的な情報ですが、「体の各部の動かし方を個別に練習して、最後に纏める」といったアプローチなのかなと思うものも見られます。(間違っていたらごめんなさい)
最近は個別の技のコツを取り出したり、身体操作の中で重要な腰の使い方に特化したエクササイズ等がネット上に多い気がするせいか、ここ10年~20年で随分と変わったなと勝手に思っています。 昔は理屈はともかく見て真似をする事が全てのスタートだったと思います。
今では「コツ」というか「口訣」というか、本来「後付け」の理論を最初に知る事が出来ます。
そんな感じで最近、「昭和世代で武術や武道の体の動かし方(コツ)を体のパーツ毎に分けて学んだ人っているんだろうか」等と思う事があります。
どちらかといえば、昔は先生や先輩の動きをまねる事、それも手足の動きに注意しながら全体的に「見てまねる」という感じだったのではないかと思います。
「ガタガタ言わずにまずやってみろ」って感じです。
その動作を先輩とかが見て「ちがう!こうだ!」みたいに直してもらうのが普通だった気がします。その中で自分なりに回答を見つけたり、先生や先輩の言葉を後になって「こういう事か!」と気付く瞬間があったと思います。
これを言い換えると、「パーツから全体を学ぶ」のが西洋学的(近代的)なアプローチ、「全体から詳細に至る」というのが東洋的(昭和的)なアプローチという事になるのかも知れませんね。
どちらの方法で学んでも、動作を感覚的に掴んだり、理解するには努力も時間も必要です。そういう意味では細かい理屈から入っても、全体から入っても身に付く時間としては一緒なのかもしれません。 勿論、理論づけがある事で学ぶ人の理解が早まる事は間違いないと思いますが、ただ教わるとういうだけではなく、自分で悟るというプロセスも「クセ」になるような練習の仕方も必要だと思います。(何よりも「気づき」は何かを続ける上で一番のご褒美ではないでしょうか)
つまり、自分で考えてその答えが正しいか(仮説と検証)の繰り返しは武術の練習では必要不可欠なのではないでしょうか。 そうする事で自分が学んだ事を更に高められるし、自分の進化も感じられると思います。 ※ただし、「教わらなければ絶対に気づかない」というポイントがある事は事実ですので、これは別の話として下さい。
さて、僕はどちらかというと個人的には「まずは全体をつかむ」というアプローチの方が個人的に良いような気がしています。 全ては結局はバランスです。細部にこだわり過ぎたり、一部の技にとらわれていたのでは、実際に動ける体になる事は出来ないし、根性だけで同じ事を漫然と練習していても、特定の動きの中での体力や慣れが身に付くだけの様な気がしています。
とりとめもない話になってきてしまいましたが、物事を理論づける事は絶対に必要です。
こうする事で曖昧なものを普遍的に誰でも身に付けるチャンスが広がりと思います。しかし、それだけに囚われずに、何も考えずにまずはやってみるという事も大事だと思います。
武術や武道に限らず、続ける事が出来れば自分の身体を更に知る事ができるし、無理をしないようになれます。 新しい事を知る事も大事ですが、まずは自分の状態を知る事が、健康や自分を高めるのには必要ではないでしょうか。(偉そうに、説教臭くなってごめんなさい)
何よりも「継続は力なり」です。僕の専門である詠春拳では最初に小念頭という型を習います。
最初、小念頭を習い始めた時に「あれこれ」と質問しまくった事がありました。その時に先生から「疑問を持つのは大切。そうし続けるようにしなさい、ただし型を理解しようとしすぎると良くない。型は何度も練習する事で気付かせてくれる点が多い。まずは練習しなさい」と言われ、「なる程な」と思った事があります。
正確には「Do not try to find the forms. Let them find you.」の様な事を言っていたと思います。上手く訳せないので皆さんの感覚で味わってください。
僕はこんな世の中なので、不安はありますが、慌てずに自分を見失わないようにしたいと思っています。
皆様もお体にお気をつけて、お互いに健康第一で、自分を大切に毎日を楽しく過ごしましょう!