週末、夕ご飯に餃子を食べました。
我が家は結構な頻度でおかずに餃子が出てきます。
子供たちも親も大好きなので。
あなたには「嫌いな食べ物」はありますか?
私は、特にないんです。まずいなと思っても飲みこめればOKと思っているので。
嫌いな食べ物がない人にありがちなのが「特に好きな食べ物もない」ってやつですね。
まさにそれです。
何が好き?と聞かれるとちょっと困ってしまう・・
でも最近は餃子が好きです。
どんな餃子が好きかというと、やっぱり自分が作った餃子。
そしてどれくらい好きかというと、食べながらちょっと涙ぐむくらいです。
自分で作る餃子が好きっていうことは、やっぱりそれなりにこだわりがあります。
まず材料。
これは生活クラブの肉と生活クラブの皮と生活クラブのニラと生活クラブのしょう油と・・
とにかく生活クラブであることがポイント。信者ですから。
あと、茹でたキャベツやニラのカットの大きさもポイントです。
ザクザク感が好きなのでやや大きめにカット。
切りながら「これくらいが最高だよなー!」って言っています。
このときにビールをちびちび飲むことができたらこれまた最高。
そして、皮に対する具の量とか他にもいろいろこだわって、焼いて完成です。
あれ?最後はサラッと終わりましたね。
そう、わりと「焼き具合」にはこだわらないのです。
ちょっと焦げ目がつけばOK、若干焼き過ぎてもOK、焦げる前にあげてもまぁOKです。
で、むしゃむしゃ食べながら涙を流します。
夫も同様に「うめーなぁ~」と言います。
が、しかし!
うちの夫は料理がわりと上手なのですが、同じ材料で餃子を作ってもらうと
決定的に異なる餃子ができ上がるのです。
何が違うかというとニラやキャベツなど、野菜の大きさ。
ミキサーにかけたのか?ってくらい細かく切るんですよね~。
えー、ザクザク感がなくなるじゃん・・・と思うんですが、それが好きなんでしょうね。
逆に、焼き具合にはかなりこだわっている模様。
プロが焼くみたいにキレイ~に並べて焼いています。
私は、自分の作る餃子が世界一だと思って涙しながら食べるのに、
それを食べて「うまいなぁ」と言う夫が、ザクザク感という最大のポイントを外して違う餃子を作る。
ま、そういうもんですよね。
自分のニュースレターサービスだって同じです。
最近、治療院向けニュースレターを作るときは
「やっぱり面白い・・・ やっぱり私は天才だ・・・」
って涙を流しながらタイピングしているのですが、
例えばこれを外注ライターに依頼して作ってもらったらどうなるでしょうか?
既存のお客さんの95%は気付かないでしょうね。
「清水さんのニュースレターは面白いよね~」
と言ってくれている方であっても、です。
ママの餃子はうまいなー!と言いながら、自分は野菜を極小ミンチにする夫のように。
ま、そういうもんなんですよ。
どっちがいい悪いじゃなくて、傍から見たら大差ないってこと。
それを
「うちのニュースレターは面白いんで!」
「私の文章はほかにはない魅力があるんで!」
とゴリ押ししても、全然伝わらない。
ここは、割り切らなきゃね。
ちなみに~先週末食べた餃子は誰製かというと、夫でも私でもなく出来合いのものでした。
特に三男が餃子好きなのですが、
私製を食べると → 「もっとギョウジャたべるぅ」
夫製を食べると → 「もっとギョウジャたべるぅ」
出来合いのモノでも → 「もっとギョウジャたべるぅ」
反応は同じです。
ただしここからが大事。
なーんだ三男にとっては私のも出来合いのも同じなのか、と判断して出来合いのものばかり食べさせていれば、
「そういう舌」になります。
安くて楽で早くて、とにかく餃子であればOK、という舌。
今は食育の話をしているのではありません。サービスの話です。
私製の餃子を何年も食べさせ続ければ、ある時ふと出来合いのものをあげたときに
「ん?なんか違う?」
ってなるでしょう。
ようやく違いを認識する。
そこで
「味はどっちでもいいから、大量に食べられる餃子を出してくれ」
というのか
「お母さんと一緒に涙を流しながら餃子を食べたい」
と言ってくれるのかはわかりませんが、違いを認識して初めてどっちかを選んでくれるんです。
今はまだ、選ばせてもわからない状態。
だからこちらがいいと思う方を提供し続けなきゃいけない。
いい方を使ってもらう、食べてもらう方がその人のためになるんだから。
違いなんてわかりませんよと思われていても、雨のように提供し続けること。
そうやって提供し続けてようやく、相手は違いが分かり
心から「うん、あなたのサービスはすごくいい。もう浮気しません」
って言ってくれるようになるんです。
「絶対にうちの方がいい。わかってくれるはず」
と言って何にもしないで待つのは、ダメ。
餃子でもニュースレターでも、どんなサービスでも、です。
我が家は結構な頻度でおかずに餃子が出てきます。
子供たちも親も大好きなので。
あなたには「嫌いな食べ物」はありますか?
私は、特にないんです。まずいなと思っても飲みこめればOKと思っているので。
嫌いな食べ物がない人にありがちなのが「特に好きな食べ物もない」ってやつですね。
まさにそれです。
何が好き?と聞かれるとちょっと困ってしまう・・
でも最近は餃子が好きです。
どんな餃子が好きかというと、やっぱり自分が作った餃子。
そしてどれくらい好きかというと、食べながらちょっと涙ぐむくらいです。
自分で作る餃子が好きっていうことは、やっぱりそれなりにこだわりがあります。
まず材料。
これは生活クラブの肉と生活クラブの皮と生活クラブのニラと生活クラブのしょう油と・・
とにかく生活クラブであることがポイント。信者ですから。
あと、茹でたキャベツやニラのカットの大きさもポイントです。
ザクザク感が好きなのでやや大きめにカット。
切りながら「これくらいが最高だよなー!」って言っています。
このときにビールをちびちび飲むことができたらこれまた最高。
そして、皮に対する具の量とか他にもいろいろこだわって、焼いて完成です。
あれ?最後はサラッと終わりましたね。
そう、わりと「焼き具合」にはこだわらないのです。
ちょっと焦げ目がつけばOK、若干焼き過ぎてもOK、焦げる前にあげてもまぁOKです。
で、むしゃむしゃ食べながら涙を流します。
夫も同様に「うめーなぁ~」と言います。
が、しかし!
うちの夫は料理がわりと上手なのですが、同じ材料で餃子を作ってもらうと
決定的に異なる餃子ができ上がるのです。
何が違うかというとニラやキャベツなど、野菜の大きさ。
ミキサーにかけたのか?ってくらい細かく切るんですよね~。
えー、ザクザク感がなくなるじゃん・・・と思うんですが、それが好きなんでしょうね。
逆に、焼き具合にはかなりこだわっている模様。
プロが焼くみたいにキレイ~に並べて焼いています。
私は、自分の作る餃子が世界一だと思って涙しながら食べるのに、
それを食べて「うまいなぁ」と言う夫が、ザクザク感という最大のポイントを外して違う餃子を作る。
ま、そういうもんですよね。
自分のニュースレターサービスだって同じです。
最近、治療院向けニュースレターを作るときは
「やっぱり面白い・・・ やっぱり私は天才だ・・・」
って涙を流しながらタイピングしているのですが、
例えばこれを外注ライターに依頼して作ってもらったらどうなるでしょうか?
既存のお客さんの95%は気付かないでしょうね。
「清水さんのニュースレターは面白いよね~」
と言ってくれている方であっても、です。
ママの餃子はうまいなー!と言いながら、自分は野菜を極小ミンチにする夫のように。
ま、そういうもんなんですよ。
どっちがいい悪いじゃなくて、傍から見たら大差ないってこと。
それを
「うちのニュースレターは面白いんで!」
「私の文章はほかにはない魅力があるんで!」
とゴリ押ししても、全然伝わらない。
ここは、割り切らなきゃね。
ちなみに~先週末食べた餃子は誰製かというと、夫でも私でもなく出来合いのものでした。
特に三男が餃子好きなのですが、
私製を食べると → 「もっとギョウジャたべるぅ」
夫製を食べると → 「もっとギョウジャたべるぅ」
出来合いのモノでも → 「もっとギョウジャたべるぅ」
反応は同じです。
ただしここからが大事。
なーんだ三男にとっては私のも出来合いのも同じなのか、と判断して出来合いのものばかり食べさせていれば、
「そういう舌」になります。
安くて楽で早くて、とにかく餃子であればOK、という舌。
今は食育の話をしているのではありません。サービスの話です。
私製の餃子を何年も食べさせ続ければ、ある時ふと出来合いのものをあげたときに
「ん?なんか違う?」
ってなるでしょう。
ようやく違いを認識する。
そこで
「味はどっちでもいいから、大量に食べられる餃子を出してくれ」
というのか
「お母さんと一緒に涙を流しながら餃子を食べたい」
と言ってくれるのかはわかりませんが、違いを認識して初めてどっちかを選んでくれるんです。
今はまだ、選ばせてもわからない状態。
だからこちらがいいと思う方を提供し続けなきゃいけない。
いい方を使ってもらう、食べてもらう方がその人のためになるんだから。
違いなんてわかりませんよと思われていても、雨のように提供し続けること。
そうやって提供し続けてようやく、相手は違いが分かり
心から「うん、あなたのサービスはすごくいい。もう浮気しません」
って言ってくれるようになるんです。
「絶対にうちの方がいい。わかってくれるはず」
と言って何にもしないで待つのは、ダメ。
餃子でもニュースレターでも、どんなサービスでも、です。