思った通り、

サブ人格が順に戻ってきた。

空もいる。

何人目かが戻ってきた時、

妙恵の記憶も戻った。


これで全部元通り。

のはずだった。


「千」「百」「潤」の3人がいつまでたっても戻って来ない。


そんな時、

新しい人格が現れた。

妙恵が洗濯物を取り込んでいる時だ。


名前の無い17人目の人格は言った。

「あなたが嫌い」と。

彼女が生まれたのは少し前で、

出てくる度に

彼女達のPCにアダルトサイトの履歴をわざと残したりしていた。

彼女達が僕に不信感を持つ為に。

僕のことを嫌いな人格が生まれてもおかしくない事は

前から考えていた。

このブログにはまだ書いていないが、

何度か彼女達を傷つけているし、

何より自分がろくな人間じゃないことは最初から解っている。


でも問題は、

僕のことを嫌いな人格が生まれたことでは無く、

もう“容量がいっぱい”ということだった。

垓いわく「15人が限界」だそうだ。

つまり空が生まれた時点で容量オーバーだったのだ。

いや、新しい名前の無い人格のほうが早かったのかも知れない。


「千と百と潤は戻って来ないよ。だってアタシが千と百と潤だもん」

と名前の無い人格は言った。

3人はこの名前の無い人格の中に居た。

元々弱い(出ている時間の長さや回数)人格達なので、

取り込まれてしまっていたのだ。

「この身体の為にはこのままが良いの。アナタの気持ちなんて関係無いの。

それに千に関して言えば、アタシの中にいればもう怖い夢は見ないわ」


結論から言えば、

僕はこの名前の無い人格を殺した。

僕は中にいる3人に

「幸せにするから戻っておいで」

と呼びかけた。

彼女達が戻ってくると、

名前の無い人格は消えてしまった。

「せっかく生まれたのに・・アナタのせいで・・」
と恨み言を残して。

彼女に罪は無かった。

本当にこれで良かったのだろうか?

確かに3人は戻ってきたが、

千はまた怖い夢を見るだろうし(質や回数を減らすことは可能だが)、

身体にもかなり負担がかかっているようだ・・。

僕は全人格を愛している。

でも今回のことは僕の身勝手でしか無いかもしれない。

大変なことになった。

サブ人格が全員消えてしまった。

さらに基本人格の妙恵も記憶喪失になってしまった。


原因は空のことだ。

空が消えてしまって、

僕が悲しんでいるのを見かねた妙恵が

空を戻そうとしたのだ。

と言ってもそう“願う”だけだが。

でも以前「潤」が消えてしまった時には

それで戻ってきている。

だがその時は何日もかけてのことだったし、

空はみんなの不安で出来ている爆弾のようなもので、

下手すると爆発して今回のようになる危険が最初からあった。


とは言え、

今回のようなことは初めてでは無く、

その度に元通りになってきたので、

あまり強い不安は無い。

今は見守るだけだ。


空がいなくなってしまった。

この子が生まれて数日、

本当に可愛がった。

垓の忠告も聞かずに。

キャッチボールをしてあげたり、

好物だというハンバーグを食べに連れて行ったり、

おもちゃを買ってあげたり。


空はみんなの不安から出来ていた。

病気のこと、

お金のこと、

ぼくとのこと。

15人の人格がそれぞれ、

大小さまざまな不安やストレスを抱えていた。

それが集まるとどうして小さい男の子になるのかは

よく解らないけど。


空は、

少しずつ満たされる度に

少しずつ弱くなっていった。

そして遂に消えてしまった。

「お父さん」である僕と同じように

その事を悲しんだ人格がいた。

「お母さん」の垓だ。

彼女は空に限らず、

頭の中から話しかけることで、

各人格にアドバイスをしたり、

コミュニケーションをとっていた。

自分が多重人格者のサブ人格であることなど

知らない空に対しては便宜上、

「事故で死んだお母さん」ということにしていた訳だ。

人間てのは単純で、

垓も例外では無かった。

最初は事務的に空と接していた垓だが、

「お母さん、お母さん」

と呼ばれるうちに情がわいてしまったのだろう。


僕と垓は一緒になって泣いた。

おとといの朝方、

新しい人格が生まれた。


朝方寝ていると、

おでこを叩かれた。

どうせ零あたりの仕業だろうと思い、

「コラ、零やろ」

と言うと

「ううん」

と首を振るので、

「新しい子か・・・名前は?」

と尋ねた。

我ながら慣れたものである。

「空!」

と言ってその子は

バスタオルをマントのように首のとこで結んで、

枕元に立った。


男の子である。

6才だそうだ。

そして僕は

「お父さん」

ということになった。


ただ、

垓さん曰く、

彼はすぐ消えてしまうかもしれないというこだ。

「だからあまり可愛がるとあなたが悲しい思いをすることになるわよ」

と言われたが・・・。


2004年、10月23日。

17時55分

新しい人格が生まれた。

(このころはもうノートに日記を書いていたので、それを見ながら書いている)


18時11分

どうも言葉が喋れないようだ。

とりあえず「あいうえお」と言わせてみる。

声を出すことは出来るようだ。

爪を噛む癖がある。


18時16分

放っておくと外にフラフラと出て行こうとするので(しかも裸足で)、

とりあえず零を呼ぶ。

零に聞いても“この子”のことは解らないようだ。


18時27分

何故か不安を感じ、

零に恵に替わってもらおうとするが出来ず。

その後、

妙恵、刹那、那由他の順に試すが出来ず。

どういうことだろう・・・。


18時33分

那由他に自然に替わる。

他愛の無い話をして過ごす。


19時4分

再び新しい人格に替わる。

ちょうどTVでアニメをやっていたので、

かけておくと大人しく見始めた。

どうやら子供の人格のようだ。

が、ニュース速報で番組が中断すると、

おもむろにパソコンに向かい、

キーボードを打った。

画面には「厘」という字が映し出されていた。

金曜日、

一年振りに恵と神戸に行った。

恵は一年前の9月16日から

この日を自分の誕生日にしている。

実際の(基本人格の)誕生日は11月なんだけど。


せっかくなので

南京町で零と食べ歩いたり、

ハーバーランドでは妙恵とも遊んだ。


なんといっても

自分で決めた誕生日だし、

この日は恵にとって

一年で最も大切な日。

また来年も一緒に大切に過ごしたい。

神戸の写真


「とりあえず小っちゃいやりたい事ない?」
「んん・・カラオケ・・」
彼氏に会わせるのは今のところ無理っぽいので、
せめて少しでも彼女を楽しませてあげようと思った。
なんせ12年ぶりの生身の身体だ。

カラオケ屋に向かう途中、
「かな」は隣の部屋の住人の話をしていた。
右隣は僕と同年代で少しロリコン気味(笑)で、
左隣の女性は彼氏と別れそうらしい。
どちらの情報も、
信じるとすれば確かに部屋に入らなければ
知りえない情報だが、
口から出任せと思えば、
確認も出来ない。

カラオケ屋の個室に入ると、
スピーカーから絶えずノイズが出ていた。
僕はもう深く考えないようにした。

かなは最初少し緊張していたが、
少しするとミスチルを唄いはじめた。
この身体の人格達は誰もミスチルは唄わない。

(余談だが、
15人の彼女達のうち、
カラオケに行って唄うのは妙恵、恵、心、零、厘、京の6人。
選曲はもちろん、
唄うことに積極的な人間、消極的な人間、
歌が上手い人間、下手な人間と様々だ)

かなはそのあと立て続けに中森明菜を2曲唄った(笑)
かなのリクエストで僕が唄い始めてしばらくすると
妙恵になっていた。
彼女達の一人一人が出ていられる時間は
長い人格で7時間ほどだ(その時のモチベーションによって多少増減する)。
同じように「かな」が憑依していられる時間も限りがあるのだろう。
消えてしまったとは思わなかった。

妙恵に事情を説明し、
僕はかなの為に
16才の孤独な女の子が事故で死んでしまう歌を唄った。
ARBの「Just a 16」という曲だ。
唄い終わると、
そこにはかながいた。
かなは少し泣いていた。
「なんでそこまでしてくれるん?」
『え・・暇やから・・?』
「なあ?私に何か言ってみて」
どういう意味だろう?
なるほど、
きっとこういう時に彼氏が言うお決まりの台詞があるのだろう。
僕は多いに照れながら彼女を抱きしめて
「愛してるよ、かな」
と言った。
かなは
「ふふ、やっぱりたかひろとは違う」
さすがにそう上手くはいかないか。
僕は苦笑いしながら、
「彼氏はなんて言ってくれるん?」
と聞いてみた。
「たかひろはな、こんな時“一人じゃないよ”って言ってくれるねん」
『じゃあさ、答え聞いてもうたけど、言っていいかな』
「うん・・・」
僕はもう一度かなを抱きしめて、
『かな、一人じゃないよ』
と言った。

かなは満足したようで、
そのままの状態で家に帰ってきた。
かなは眠いようで、
部屋に入るなり横になった。
『眠い?』
「うん・・・」
『そうか。んじゃまたカラオケ行こうな』
「ううん・・」
『なんで?』
「だって・・この10年眠くなったことない私が眠いねんで?」
今日のことが「かな」にとって
どれほどのことだったのかは僕には解らない。
彼女はいわゆる“成仏”をしようとしているようだった。
正直な話、
僕は少々拍子抜けしていた。
それほど大したことはしていないからだ。
それともほんの少しのきっかけで良かったのか。
「お願いがあるねん」
『何?』
「キスして」
僕はせいいっぱいの愛情を込めてキスをした。
自分が彼氏になったつもりで。
「ありがとう・・・」
そう言って「かな」は眠った。

僕は号泣していた。
僕の心はほんの少しの達成感と
大きなやりきれなさが支配していた。
数時間の恋人、
かなを思ってありったけの涙を捧げた。
かな・・・。

しばらくすると、
恵が目を覚ました。
「ねえ、どうして泣いてるの?」

零が生まれて何日かして。
もっと仲良くなろうと思い、
一緒にTVゲームで遊ぶことにしたのだが、
ことのほか楽しかったようだ。
「アタシ・・・嫌われる為に出てきてん。
でも・・一緒に遊んでたら・・楽しかった。
嫌われたくないよう・・ホンマは仲良くしたい・・」
零は妙恵と恵の
“自分達と一緒にいることで苦しめたくない”
という思いから生まれてきたようだった。

それからというもの笑、
零とは事あるごとにゲーセンに行ったり、
某サイクルセンターに行ったりと、
一番よく遊んでいる。
嗚呼、めでたし×2。
「名前は?」
「かな。うえだ かな」
彼女も最初は戸惑っていたが、
段々とこの信じられない状況に慣れてきたようだ。
とはいえ、
生身の人間と幽霊では何が「信じられない」かにも差があるだろうが。

話していくうちに彼女のことを色々と知っていった。
1993年、21歳の「かな」は
うまくいっていなかった彼氏にあてつけるつもりで、
駅で線路に飛び込み、自殺。
本当に死ぬつもりは無かったらしい。
家出同然で彼氏とこの部屋で半同棲し、
友人と呼べる人間も居なかった。
「かな」には彼氏が全てだった。

「なあ、ちょっと鏡見てきていい?」
自分が乗り移っている身体が気になるようだった。
「そういえばさっき居た黒猫は?」
!!
「え・・猫に・・見えたん?」
現実感が無かっただけかもしれないが、
僕はずっと冷静だった。
だけどこの言葉には少し驚いてしまった。

僕は彼女に同情していた。
亡くなってから12年も
この場所をさまよっているのだ(正確にはこの部屋から半径数10m程)。
彼女に出来るだけのことをしてあげようと思った。
まあ一期一会の精神だろうか笑
「今何がしたい?」
「たかひろに会いたい・・・」
やっぱりそうきたか。
ただ、何も手がかりが無かった。
新しい家も知らなければ、
仕事先も分からない。
当時は携帯電話も普及していなかった。

僕はやりきれない気持ちを抱えたまま、
途方に暮れていた。

つづく
あろうことか首を絞められながら
考え事をしてしまった僕は、
零の
「死ぬんか?」
という言葉で我に返った。
そして僕はゆっくりとその手を解いた。
「お前が芯やな」
半開きの目と口、
ゆっくりとした話し方は
まだ見たことが無い彼女達の一面を感じさせた。

次にカッターを見つけた零は
おもむろにそれを首筋にあてがった。
ハッタリだと思ったが一応止めた。
ただ、彼女は血が見たいそうだったので、
仕方無く僕は適当に自分の腕を切って見せた。
それによってある程度の信用は得られたようだったが、
それ自体にはすぐ興味を失ってしまったらしかった。

ようやく話が出来そうな雰囲気になったので、
気を使いながら色々なことを聞いてみた。
僕を気遣ってか、ただの気まぐれか、
意外にも包帯を巻いてくれながら、
面倒くさそうに彼女は質問に答えた。

Q「名前は?」
A「零や。私は0やから誰にも解らへん」

Q「何かやりたいことは?」
A「とりあえずお前を刺したい」

“0だから誰にも解らない”というのは
他の人格の記憶が全てあり、
逆に他の人格は誰も零の記憶は無いということだった。
そして零が出ている時はいつでも
零から他の人格に代わることが出来、
他の人格が出ている時、
名前を呼べば零が出てくることが出来るということだった。
一年経った今、
彼女達は倍以上に増え、
珍しいことでは無くなったが、
当時はこの“任意チェンジ”が
とても便利だった。
例えば外で子供の人格になってしまった時などに。


先に書いてしまえば、
僕は彼女の“刺したい”という要望に応えた。
別に僕を殺すことが目的では無かったことと、
もっと信用を得たほうが良いと思ったことからだ。
カッターで太ももを刺され、
血が噴水のように出たが、
その瞬間から
彼女の顔の険が見る見る取れていった。
零は“補助輪の補助輪”だった。
恵の「血が見たい」という衝動を
背負わされて生まれてきたのだ。
それ以降、
零が血を求めることは無かった。