すごい夏☀️
今日は、すこーし過ごしやすかったですね

 

今日は、10月に 長崎くんちを観に行くので、

YouTubeを見てコッコデショって 何なのか

長崎くんちがどういうお祭りなのか少し知る事ができました。

すごかったです。



今年は、筑後町の龍踊りと
上町のコッコデショがみれるらしいでした。

上町は、10年ぶりの奉納であり、

今年は新しくした山車でのコッコデショなのだそうです。

 

八阪神社の桟敷席が取れましたよ、

というお知らせがあり

勿論地元の方の尽力です。

それに乗せて貰えましたー 嬉しい。

 

諏訪神社でのコッコデショの動画を見て感動しました。

物凄い迫力でした。

 

そして動きが全て美しい。



これこそこれが、日本のお祭り

凄い かっこいい

楽しみだなー
 

 

そしてなんと、夫も一緒に行きます。ワハハ🤣



絶対に旅行で 夫の費用を出したくなかったけど、
 

強い拒否感を持ち続けるのは、なんか違うなぁってある時感じて、



まぁいいかぁーー

陰でも陽でもいいんだよー
 

の感じで、これからはやっていこうと思っているので、

もぅ 一緒に行く事にしました。😃

 

時々 腹の立つところもあるけど

 

まぁいいっかー です♪


長崎ではグラバー邸や、大浦天主堂とかにも行ってみたいです。

 

 



 

なんか

 

友達が、インテリアコーディネートか

 

お片付けの資格を取って

 

次は、1級の試験だそうなのです。




実地研修みたいな 片付けのビフォーアフターをしなくてはいけないらしくて、

私が片付け出来なくて困っているのを知っているので、

私のキッチンのコーナーを一緒に片付けてくれるらしいのです。

嬉しい〜

一人ではなかなか無理なので、

一緒にしてくださるのです。

姉の所でもいいのだけど、と言ってましたが、

私を助けてくれます。
嬉しい。感謝です。

頑張って片付けます。
そうしたら、

私のコーナーが出来て、

zoomも出来ます。

嬉しいな。

ワァイファイが届きにくい部屋もあり

私のzoomが、出来にくかったのです。

キッチンのコーナーなら、Wi-Fi🛜がよく届くし、

自分のスペースが持てるのがとても嬉しい😆😆😆のです。






 

 

image

 

リビングの水槽の鯛

 

最近、ふと思いました。

 


もし家族を海の魚で表すなら、

私の夫は 鯛 かもしれません。

 


鯛は立派な魚です。

高級で、価値もあって、

昔から特別な魚とされています。

 


一方、私はただの 普通の魚 です。🐟

 


特別でもなく、

ただ海の中を懸命に泳いでいる魚です。

 

 

 

 


海の中では、たくさんの魚たちが

毎日一生懸命に泳いでいます。

 


家族のために。

生きていくために。

 


でも私の夫は違いました。

 


海には出ず、

リビングの水槽の中で漂っていました。

 


働いて泳ぐわけでもなく、

ただ水の中でゆっくり漂っている。

 


そしてその水槽の世話は、

全部、私の仕事でした。

 

 

 

 


生活費を考えるのも私。

学費を考えるのも私。

働くのも私。

 


でも鯛は水槽の中で

静かに漂っています。

 


それでも鯛は言います。

 


「自分は優しい夫だ。」

 

 

 

 


私は長い間、

その状況を考えないようにしていました。

 

自分だけと思うと もう泳げなくなるからです。

 


普通の魚は、

ただ黙って泳ぐものだと  鯛が思っているから。

 


時々

 


「ありがとう」

「あなたのおかげ」

 


と言われると、なんだか???

でもそれで十分なのかな と思っていました。

 

 

 

 


でも実際には、

 


にらまれる
大きな音を立てられる
嫌味を言われる
物を置かれる

 

 


そんなこともありました。

 


だから私は

なるべく何も言わないようにしていました。

 


波風を立てないように。

 


普通の魚は

休みなく黙って泳ぐものだと鯛が思っていたから 

 

そして子供を卒業させる為に

私は泳ぎ続けなければと思っていたから。

 

 

 

 


ある日、子どもに

こんな話をしました。

 


「もうパパに お金を振り込まない と断ったよ。」

 


すると子どもが驚いて言いました。

 


「えっ、ママ、パパに断れたんや。」

 


その言葉を聞いたとき、

私ははじめて気がつきました。

 


ああ、私は今まで

一度も断ったことがなかったんだ。

 

 

夫に伝える事があり

 

〇〇(長女)がパパに言ってあげて

ママの言う事は全くか聞かないから

 


すると長女が言いました。

 


「パパはママを下に見てるから。」

 


その言葉で

すべてがつながりました。

 


だから私は言えなかったんだ。

 


対等ではなかったから。

 

 

 

 


普通の魚にも

心があります。

 


奴隷のように扱われれば

傷つくし、苦しい。

 


長い間黙っていましたが、

ある日ようやく分かりました。

 

 

 

 


これは対等な関係ではなかった。

 

 

 

 


最近、私は少しずつ

家の掃除をしています。

 


長い間触れなかった場所を

ゆっくり片付けています。

 


そして片付いた部屋を見て、

つい笑ってしまいます。

 


「うしし。」

 

 

 

 


もしかするとこの話は

ホラーなのかもしれません。

 


でも今の私には、

少し面白い話にも思えます。

 


だって私は今、

やっと気がついたのですから。

 


リビングの水槽の中で漂っていたのは

優しい鯛ではなく、

 


ただ泳がなかった鯛  でもなく(勘違いしてる深海魚)😱

だったということに。

 

🐟

 

 

こんにちわ

 

今年に入って ちょっと気が付いたことがあって

 

お正月にチョット愚痴っていたら 子供から 

 

思っている事を何でも周りを気にせず書いてみたら。ブログでもなんでも。

 

と助言を受けて 文字にしていこうかと思っています。

 


 

 

 


 

夫がAmazonでカシミアのセーターをカートに入れているのを見て、
「まさか買わんよな」と思っていたのだけれど、
さっき届いて、私の横で試着している。

「暖かいわ。カシミア」と、ひとりごとのように呟いている。

多分、2万円くらいはしていたはず。

 

どうか
「2万円振り込んでください」
なんて言ってこないでね、と思う。

 

カード決済の前日になると、
「引き落としに間に合わないから3万円振り込んで」
と、たまに言ってくることがある。
でも、返してくれたことは一度もない。

 

夫は現在81歳。
年金を受け取る通帳は私が管理していて、使い道について何か言われたことはない。
その一方で、学費の工面や、いついくら支払うのかといったことを、気にした事もなかった。

 

知り合う前、夫は海外赴任があり、外国からの年金も少しある。
それを自分のお小遣いにしている。

だから、その範囲で使ってくれればいいのに、といつも思う。

 

けれど、Amazonでの大人買いが止まらない。

鼻セレブを箱買い。
おでこに貼るヒンヤリシートも、6箱ケース買い。
まあ、これは子どもが使うものだけれど。

 

 

夫とは、私が35歳、夫が54歳の頃から一緒にいる。
最初は自営業をしていたが、収入はほとんどなかった。
少しだけアルバイトに行ってもらったこともある。

 

夫たちの年代は、62歳から厚生年金が満額支給。
当初は子ども二人分の付加給付が18歳まであり、
額面でオール270万円ほどあったと思う。

 

ただ、夫は50歳ごろに企業を辞め、
(多分バブル時代に)自営業になったため、
年金額はそれほど多くはない。

今は、やっと額面240万円程度。ひと月にしたら手取り17万位かな。
妻の付加給もあるが、65歳になるとそれもなくなる。

 

その年金をできるだけ使わず、
公庫で借りた教育資金と、長女(私学院卒)の奨学金を返済してきた。

公庫分は去年で完済。
あとは奨学金を、あと2年で返したい。

そんなこんなで、貯金はほとんどできていない。

 

それでも、この夫の厚生年金があったから、
なんとか生き延びることができた。

 

家賃が払えなくなり、
風呂のない僻地の不人気な市営住宅に申し込んだら、
一発で当たり、
6畳・3畳・半畳キッチンの部屋に2年住んだ。

 

その後、あまりに困窮しているのを見かねて、
父が二世帯住宅を建て、住まわせてくれた。

父もお金持ちではなく、普通のサラリーマンだったが、
75歳くらいまで仕事をしていた。

 

私が40歳のときから両親と同居し、
父は最後の10年ほど認知症を発症。
母が一人で看ていた。

最期の1年は施設に入り、
コロナ禍だったけれど、
ニコニコと歩き回り、ご機嫌に過ごしていたそうだ。

父は2022年に亡くなった。


私や孫の為にこの家を建ててくれたけれど、認知症を発症してからの日々は、両親にとっても、皆で暮らした事がとても良かったと思う。

 

振り返ると、
両親や周りの人たち、会社の会長や社長、
本当にたくさんの人に助けてもらって、
ここまで来ることができた。

 

夫の年金がなかったら。
住む家がなかったら。
途中で正規雇用として雇ってもらえなかったら。

 

とてもじゃないけれど、
子ども二人を大学、大学院まで卒業させてやることはできなかったと思う。

 

本当に、感謝しかない。