image

 

リビングの水槽の鯛

 

最近、ふと思いました。

 


もし家族を海の魚で表すなら、

私の夫は 鯛 かもしれません。

 


鯛は立派な魚です。

高級で、価値もあって、

昔から特別な魚とされています。

 


一方、私はただの 普通の魚 です。🐟

 


特別でもなく、

ただ海の中を必死に泳いでいる魚です。

 

 

 

 


海の中では、たくさんの魚たちが

毎日必死に泳いでいます。

 


家族のために。

生きていくために。

 


でも私の夫は違いました。

 


海には出ず、

リビングの水槽の中で漂っていました。

 


働いて泳ぐわけでもなく、

ただ水の中でゆっくり漂っている。

 


そしてその水槽の世話は、

全部、私の仕事でした。

 

 

 

 


生活費を考えるのも私。

学費を考えるのも私。

働くのも私。

 


でも鯛は水槽の中で

静かに漂っています。

 


それでも鯛は言います。

 


「自分は優しい夫だ。」

 

 

 

 


私は長い間、

その状況を考えないようにしていました。

 

自分だけと思うと もう泳げなくなるからです。

 


普通の魚は、

ただ黙って泳ぐものだと  鯛が思っているから。

 


時々

 


「ありがとう」

「あなたのおかげ」

 


と言われると、なんだか???

でもそれで十分なのかな と思っていました。

 

 

 

 


でも実際には、

 


にらまれる
大きな音を立てられる
嫌味を言われる
物を置かれる

 

 


そんなこともありました。

 


だから私は

なるべく何も言わないようにしていました。

 


波風を立てないように。

 


普通の魚は

休みなく黙って泳ぐものだと鯛が思っていたから 

 

そして子供を卒業させる為に

私は泳ぎ続けなければと思っていたから。

 

 

 

 


ある日、子どもに

こんな話をしました。

 


「もうパパに お金を振り込まない と断ったよ。」

 


すると子どもが驚いて言いました。

 


「えっ、ママ、パパに断れたんや。」

 


その言葉を聞いたとき、

私ははじめて気がつきました。

 


ああ、私は今まで

一度も断ったことがなかったんだ。

 

 

夫に伝える事があり

 

〇〇(長女)がパパに言ってあげて

ママの言う事は全くか聞かないから

 


すると長女が言いました。

 


「パパはママを下に見てるから。」

 


その言葉で

すべてがつながりました。

 


だから私は言えなかったんだ。

 


対等ではなかったから。

 

 

 

 


普通の魚にも

心があります。

 


奴隷のように扱われれば

傷つくし、苦しい。

 


長い間黙っていましたが、

ある日ようやく分かりました。

 

 

 

 


これは対等な関係ではなかった。

 

 

 

 


最近、私は少しずつ

家の掃除をしています。

 


長い間触れなかった場所を

ゆっくり片付けています。

 


そして片付いた部屋を見て、

つい笑ってしまいます。

 


「うしし。」

 

 

 

 


もしかするとこの話は

ホラーなのかもしれません。

 


でも今の私には、

少し面白い話にも思えます。

 


だって私は今、

やっと気がついたのですから。

 


リビングの水槽の中で漂っていたのは

優しい鯛ではなく、

 


ただ泳がなかった鯛  でもなく(勘違いしてる深海魚)😱

だったということに。

 

🐟

 

 

こんにちわ

 

今年に入って ちょっと気が付いたことがあって

 

お正月にチョット愚痴っていたら 子供から 

 

思っている事を何でも周りを気にせず書いてみたら。ブログでもなんでも。

 

と助言を受けて 文字にしていこうかと思っています。

 


 

 

 


 

夫がAmazonでカシミアのセーターをカートに入れているのを見て、
「まさか買わんよな」と思っていたのだけれど、
さっき届いて、私の横で試着している。

「暖かいわ。カシミア」と、ひとりごとのように呟いている。

多分、2万円くらいはしていたはず。

 

どうか
「2万円振り込んでください」
なんて言ってこないでね、と思う。

 

カード決済の前日になると、
「引き落としに間に合わないから3万円振り込んで」
と、たまに言ってくることがある。
でも、返してくれたことは一度もない。

 

夫は現在81歳。
年金を受け取る通帳は私が管理していて、使い道について何か言われたことはない。
その一方で、学費の工面や、いついくら支払うのかといったことを、気にした事もなかった。

 

知り合う前、夫は海外赴任があり、外国からの年金も少しある。
それを自分のお小遣いにしている。

だから、その範囲で使ってくれればいいのに、といつも思う。

 

けれど、Amazonでの大人買いが止まらない。

鼻セレブを箱買い。
おでこに貼るヒンヤリシートも、6箱ケース買い。
まあ、これは子どもが使うものだけれど。

 

 

夫とは、私が35歳、夫が54歳の頃から一緒にいる。
最初は自営業をしていたが、収入はほとんどなかった。
少しだけアルバイトに行ってもらったこともある。

 

夫たちの年代は、62歳から厚生年金が満額支給。
当初は子ども二人分の付加給付が18歳まであり、
額面でオール270万円ほどあったと思う。

 

ただ、夫は50歳ごろに企業を辞め、
(多分バブル時代に)自営業になったため、
年金額はそれほど多くはない。

今は、やっと額面240万円程度。ひと月にしたら手取り17万位かな。
妻の付加給もあるが、65歳になるとそれもなくなる。

 

その年金をできるだけ使わず、
公庫で借りた教育資金と、長女(私学院卒)の奨学金を返済してきた。

公庫分は去年で完済。
あとは奨学金を、あと2年で返したい。

そんなこんなで、貯金はほとんどできていない。

 

それでも、この夫の厚生年金があったから、
なんとか生き延びることができた。

 

家賃が払えなくなり、
風呂のない僻地の不人気な市営住宅に申し込んだら、
一発で当たり、
6畳・3畳・半畳キッチンの部屋に2年住んだ。

 

その後、あまりに困窮しているのを見かねて、
父が二世帯住宅を建て、住まわせてくれた。

父もお金持ちではなく、普通のサラリーマンだったが、
75歳くらいまで仕事をしていた。

 

私が40歳のときから両親と同居し、
父は最後の10年ほど認知症を発症。
母が一人で看ていた。

最期の1年は施設に入り、
コロナ禍だったけれど、
ニコニコと歩き回り、ご機嫌に過ごしていたそうだ。

父は2022年に亡くなった。


私や孫の為にこの家を建ててくれたけれど、認知症を発症してからの日々は、両親にとっても、皆で暮らした事がとても良かったと思う。

 

振り返ると、
両親や周りの人たち、会社の会長や社長、
本当にたくさんの人に助けてもらって、
ここまで来ることができた。

 

夫の年金がなかったら。
住む家がなかったら。
途中で正規雇用として雇ってもらえなかったら。

 

とてもじゃないけれど、
子ども二人を大学、大学院まで卒業させてやることはできなかったと思う。

 

本当に、感謝しかない。




こんにちわ 

今日は、冷凍のシャケの半身(業務スーパー)を冷蔵庫で一日かけて解凍した。

あまり切れない包丁🔪をシャカシャカ研いで切り分け、定塩だったのでそのまま塩焼きにした。

 


4切れ焼いて、写真は、後で帰ってくる子どもの分。

私たちにはトマト🍅サラダも用意。

トマト嫌いな子は、もちろん無し。

f:id:oche:20260116200438j:imagef:id:oche:20260116200454j:image食べてる途中にパチリ


朝、「野菜が食べたい」と言われていたので、

買い物して帰ってから、ポトフ風の野菜スープも作った。

 


帰宅すると、昼に使った食器🍽️が流しにそのまま置いてあって、

少しムカっとした。

 


夫は、洗濯干しやアイロン、お風呂掃除、送迎など、

よくやってくれる。

そこは本当にありがたいと思っている。

 


ただ、最近は文句が多い。

 


5年ほど前、

「もう知らん」と思ってから、

何を言われても心にいれなくなった。

前は傷ついて何日も引きずっていたけど、

今は「勝手に言っとけ」くらいの距離感でいられる。

 


夕飯の時、長女が

「このシャケ美味しい。分厚くて嬉しい」

と言ったら、夫が突然、

「俺のは小さい」と言い出した。

 


一番いい所をあげたのに。

私のは尻尾の方で、大きく見えるだけ。

 


そんなことで本気で不機嫌になる。

本当に面倒くさい。

 


おでん🍢を作っても、

「タコ🐙入ってないの?」

「大阪はタコ入れないの?」

と毎回言う。

 


タコも牛スジも高い。

ウインナーはアルトバイエルンしか認めない。

ホットケーキミックスも森永しかダメ🙅。

 


私は、

「お腹が空いた時に、何か食べるものがあればいい」

と思って作っているだけなのに、

だんだん嫌になってくる。

 


だから最近は、

「おでん」じゃなくて「おでん風🍢」。

タコが入ってないから。

 


どうでもいいことで、

今日は思いっきり愚痴を書いた。

 

それでも、ちゃんとご飯を作って一日を終えた私は、

今日も自分なりにやれていると思う