Chloe Jessica Earle

クロエ・ジェシカ・アーリー

MTF Trans woman

 

 

オーストラリアのトランスジェンダー女性のクロエ・ジェシカさんは、

現在33歳 彼女は振り返れば波瀾万丈の人生を経験をしている。

 

 

 

ジェシカさんは、以前はクリントンという男性だったが、男としての・・・・

アイデンティティに慣れることができなかったと言いました。

 

 

 

クリントンは、大人になってから、女性になることを決めたが、・・・・

私が、性転換手術をしたいと告げると家族や親戚は猛反対をして
家族は私を故意に疎外し、私との線を引き彼らは私に話すことを拒否した。

 

 

 

私は家族、友人、さらには仕事まで失った。だが、母親は私の味方で・・・・

それだけが唯一の救いでした。

 

 

 

私は20歳のとき、母親の許しを受けて家族には内緒で性転換を決意して

ホルモン療法を開始した。
性転換と聞くと多くの人は、手術を思い浮かべることでしょう。

しかしホルモン療法も、“転換”効果は非常に大きいのです。

 

 

 

「私がホルモン療法を始めたとき、私は本当にだるさや疲れを感じ

始めました。私はそれが単なるホルモンの副作用だと自分に言い聞かせ

ていましたが、・・・・・

本当に悪い鼻出血を起こしました。結局、私は自分でも大病だと分かって

いました。

 

 

白血病療養中のクリントンさん

診断の結果、私の病名は白血病だと診断結果が下されました。親愛なる

母親にも私が、がん患者であることを周囲に隠していました。

つまり、どうして自分がこんな事になってしまったんだろうという

気持ちでした。誰とも話したくないし、二度と笑う事が出来ないのでは・・

ないかとすら感じていました。

 

 

 

白血病の場合、複数の抗がん剤を組み合わせて投与する化学療法を受け

なければ、ならなかつた。担当医師から、治療期間は標準的な化学療法の

場合1年~2年ほど治療期間が必要だと診断された。

 

 

私には、幼い頃から仲良くしている大親友がいます。
ずっと一緒にすごしてきたので、もう家族同然の仲 の友人は、・・・・

私にクリントンに戻る必要があると私に言いました。

 

 

 

「私はそれは、出来ないと言ったとき、彼は私をブロックしそれ以来、

私に話しかけてきません」でした。

私はサポートグループを失い、本当に孤独でした。クリントンとして、

彼の大半の数の友人を失ったことを明らかにしました。

 

 

 

クリントンさんの白血病治療は早期発見だった母親の献身的な看護で

約9か月の入院を経て完治しました。

 

 

 

 

クリントンさんは、どうしても・・・・・
「女性として生きたい」という思いが再燃し再びホルモン治療を開始して

彼女の女性への移行に数年間、虐待は続いた。

 

 

 

 

女性ホルモンは私の体の男性的な特徴を、おおかた消してくれました。

肌がきめ細かくなり 腕や肩・おしりなどの筋肉が脂肪の丸みに置き

換わり、ソフトな弾力が出ました。

胸も膨らんで、いわゆる“女らしいふっくらした体つき”になりました。

 

 

 

私はジェシカとして、女性として見られることに嬉しく感じ正直なところ、

男性からの視線ってうれしいもの

ジェシカさんは、出会い系アプリ「ティンダー」で知り合った男と・・・

付き合いはじめた・・・・。

 

 

 

私は、この男にホテルに連れて行かれて、別の部屋に数人の男がいることに

気付かなかった。彼らは私に薬物を飲ませ、私の身体をロープで縛り、・・・・

激しい暴行を受けてレイプされた。

 

 

 

 

私は、大声で助けを求めたが、彼らの仲間の一人から拳銃を突きつけられて

必死に抵抗をした時、拳銃が暴発して男たちは私が、死んだと思ったらしい。

 

 

 

 

幸いにも、私はホテルのスタッフによって病院に運ばれ、心臓の鼓動は・・・・・

微かに動いていた。ジェシカさんは瀕死の重傷を負ったが奇跡的に一命を取り留めた。

 

 

 

事件後、ジェシカさんは、自分自身を哀れと思わず、その代わりに強く・・・・

生きたいと感じたと言いました。

 

 

 

今や自信に満ちた女性であるジェシカさんは、トランスジェンダー女性として、

まだ日々の課題に直面していると語った。

 

 

 

 

私は、女性として生きる事は。とても難しいプロセスですが、今は私の外見上、

女性として生きることを望んでいます。

 

 

母親の息子クリントンとして頑張っていた頃の私

母親は、息子のクリントンが女性として生きる事に、世間的に恥ずかしく

思っていません。彼女はまだ私の人生のなかで息子として、非常に大きな部分を

過ごしています。
私はクリントンが女性として今いる場所にたどり着くのを手伝って来ました。
息子のクリントンは後悔はないと言いました。

 

 

 

私の夢を叶えるきっかけは常に母が与えてくれた。
現在の私としては、娘ジェシカとして母親に早く受け入れて欲しいという

気持ちがあります。