6月18日

午前0:58頃

保護っ子  来夢
お空へ旅立ちました。


2012年、鼻をつくような悪臭が漂う、

不潔な場所で、来夢は自ら私が持っていた

キャリーの中に入って来た子でした。


生後3、4ヶ月でしたが、

その後病院でわかった事は、

片方の腎臓の変形でした。



後で思った事は、来夢、

助けて欲しくて、自らキャリーに入ってきたのかな?

と、思いました。




その腎臓の異常からだと思います。

6才という年齢で、腎不全の診断があり、

かなりショックを受けたのが、

まだ記憶に新しい事でした。


自宅での毎日の皮下点滴。

お薬投与。


お利口さんな来夢は、一切嫌がらず

ジッと我慢して、私に点滴をさせて

くれました。



亡くなる1週間前くらいから、

食べる事をしなくなり、

なんとかなんとか食べて欲しかったのと、

何かしてあげられる事、

できるだけ来夢が苦しまないようにしてあげたくて、

最近行き始めた病院の獣医さんに

駆けつけて、お願いしたりしました。



先生「腎不全後期ですね。。

口内炎が酷くて食べたいのに、
食べれないのかもしれません。

強制給餌してその食べ方で
食べたいのに、食べれないのか、
本当に食べたくないのかわかります。

それで見分けて下さい。」


その見分け方を教えて頂き、
私の口から出た言葉に、先生が、、、



私「先生、来夢はもう腎不全末期って事ですよね?」

先生「いやいや、末期と言う言葉は
辛くなるから、後期と言いましょう!

そして、来夢ちゃんは、幼い時に
腎臓の異常があったって事は、
おそらくその片方の腎臓は機能してなかったんだと思います。

だから、
両方腎臓が動いてる子の半分しか
腎臓が持たないんだと思います。

来夢ちゃんの腎臓が両方きちんと機能したら、
おそらく、15才くらいまで生きてくれたんじゃないですか。

片方の腎臓は一生懸命、来夢ちゃんの腎臓として
働いてくれたんですよ。きっと。

来夢ちゃんは、だから寿命(その半分)を全うできたんだと、僕は思いますよ。」



その言葉に私の心がスッと楽になりました。

また私の悪いクセで、
「もっとこうしてあげたら、
あぁしてあげたら、腎不全なんかに
ならなったのでは?」

とか、自分を責めたりしてたのですが、

先生の言葉が私の心をスッと軽くして下さったのです。



最近行き始めて、まだ2回しか行ってない

病院ですが、なんて素敵な先生なんだろ

と、先生に感謝しました。



来夢の残りを猫生を、

できるだけ穏やかに、見送るんだ!

と、心に覚悟を決め、最後の最期まで

しっかりと来夢の側にいてあげる事が

できました。


来夢






いっぱいいっぱいの思い出
仮おかぁちゃんで、本当の家族を

見つけてあげる事ができなくて、

本当にごめんね、来夢。


でもね、大人しくて穏やかで、

お利口さんで、我慢強くて、

来夢に教えてもらった事、沢山あるの。

それは、私しか知らない、来夢との思い出。

一生私は忘れないから。

来夢がここに来てくれた事。



本当に本当に、ありがとう。来夢。



絶対またね!




大好きだよ!
来夢♡









来夢は、猫カフェ五匹の猫さんで、

キャッツペアレントさん募集ネコ(足長おじさんのような養い親)として、

載せて頂いていました。

とても有り難い事で、来夢には

キャッツペアレントさんK様に

毎月お世話になりました。

K様、長い間来夢にご支援を

本当に本当に

ありがとうございました。


来夢はこうして応援して頂き、

保護っ子ながら幸せだったと

私は思っています。



来夢の最後までキャッツペアレント様として、

見とどけて下さり、来夢の親として、

心より感謝しております。


本当に

ありがとうございましたm(._.)m






そして、

このブログを長年見て下さってる方の中には、

来夢を覚えて下さってる方が居ると

聞いております。


みなさま

来夢を今まで応援して下さり、

来夢の親として、心より感謝申し上げます。

本当に本当に

ありがとうございましたm(._.)m





来夢はきっと幸せだったと思ってます!







ぷここ