こんな時間にこんばんは。





今日は違うことを書こうかなと思っていたんですけど、他の方の投稿を読んで感じたことを書きますね。


母のことです。




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ある方のブログを息子を出産してから毎日読んでいました。介護ブログ1位の山田あしゅらさんのブログです。
同居しながら旦那さまのご両親の通院や日々の出来事を時には笑いを交えて書かれていました。過去トピから読もうと初めて思ったブログです。沢山あって全部読むのに2週間くらいかかった記憶があります。


母が入院して退院することになっても家には段差がいっぱい。それに透析するのに週3回、半日がかりで通院することを考えると誰かが送迎しなくちゃいけない。でも一緒に住んでいる兄達は仕事しなくちゃ生活が成り立たない。
とりあえず今いちばん身動きできるのは育休中の私。実家に帰ろうかと思ったりしていました。
北陸地方に住む私が産まれたばかりの息子を連れ北海道に帰って育児と母の介護なんて現実問題として無理があるのだけど(旦那も放ったらかしになるしね)本気でそうしたいとその頃は考えてたんです。その時のための参考に山田あしゅらさんのブログを読み漁っていました。

山田さんのブログで考えさせられることがありました。『生』は保たれるというタイトルのブログ。


意識レベルも下がってきて患者本人の言葉もないまま生だけが保たれてる医療の現場。
自宅で介護できないもどかしさと後ろめたさ。
入院しているからこそ出来ること、病院だからこそ保つことができている『生』とその家族の日常生活の現状。
読んでいて母の最期を思い出しました。







母に集中治療室で久しぶりに会った時の
衝撃。
皮膚が何回か剥がれ蜜蝋を塗ったようにツルツルになった肌。
壊死を起こし始めてる手と足。
髪の毛も殆ど抜け落ち、胸も身体も痩せ、男なのか女なのかすらパッと見判らないほど。




それでも母は
《もっと生きたい》と願ってるのか。
それとも
《もういいよ》と思っているのか。

母には答える術がもう無い。





延命治療もお葬式をあげることもしなくていいと言っていた時の母の声を思い出す。
私達子供のエゴのために延命しているんだと何となく漠然と思った。

私達家族が来るまで辛い思いをさせていたんじゃないかと思う。酸素チューブに繋がれて。鼻から出血したのであろう傷跡もある状態で。
手を触れ、頬をさすり話しかけた時、薄っすらと目が開き黒目が私の方を向いた。
もう少し早く帰省していたら息子(孫)の顔も元気に見れただろうに、毎日の生活の忙しさを理由に、育児の大変さを理由に、遠距離であることを理由に、病院にいるから大丈夫だろうと勝手に解釈して甘えてた自分。

母が最後に掛けてきた電話。
出産して間もないこともあって面倒臭くなって早々に切り上げてしまったこと。
今更ながら自分を責める日々。
母は延命治療したこと許してくれただろうか。
小さい時から心配や迷惑ばかりかけて、お母さんの最期の時までギリギリに帰省してきた末娘の私をあんたはホントしようがないねと笑って許してくれただろうか。









母が旅立って半月が過ぎた。

旦那にも涙を見せないまま過ごしている。
息子も旦那も寝たら心の中で母と会話する。
母がすぐ側に居るような気がしてならない。





母の最期を思い出すと
旦那にもっと優しくしよう。
息子にもっと愛情を注ごう。
そう思えるような日々を過ごしていこう。
そう思った。











山田あしゅらさま
ブログ掲載許可ありがとうございましたおねがい