母の日も終わったけど…
「母の日誕生秘話」 自習を兼ねて、1905年5月9日、アメリカのフィラデルフィアに住む少女「アンナ」が母の死をきっかけに、「生きている間にお母さんに感謝の気持ちを伝える機会を設けるべきだ」と働きかけたのが始まりです。
この働きかけがアメリカ全土に広まり、1914年には当時の大統領「ウィルソン」が、5月の第2日曜日を「母の日」と制定し、国民の祝日となる。
また、アンナの母が好きだった白いカーネーションを、追悼式の祭壇に飾ったことから、母が健在であれば赤いカーネーション、亡くなっていれば白いカーネーションを飾る。
母の日のはじまりは、アンナが母を大切に想う気持ちから、生まれたといっても過言ではないようですね。
カーネーションの花言葉「母の愛」、「純粋な愛」と母性愛を象徴するものだった。
日本では大正時代になると教会の日曜学校で徐々に広がっていった。当時の母の日はそれほど国民には普及せず、1973年(昭和12年)お菓子メーカーである森永製菓が(安部夫人の親族)「森永母の日大会」と称して大々的な宣伝により、全国的に認知されてきた。
一方韓国は5月母の日別々に祝うのではなく、父母の日として一緒に祝うのです。
儒教思想において「親子」とは、最も基本的な関係。その意味で父母の区別は特にしない。
また、韓国で親子関係は社会的な関係にも適用される傾向があり、普段「親」同然に接してくれている人に対しても、(先生とか)「父母の日」に花などを贈ることが珍しくありません。 「女性は偉大な存在」女は弱しされど母は強し
歴史を作ってきたのは男かも知れませんが、男は世界を動かし女はその男を動かす凄い存在です。歴史の陰に女あり。
男は女から生まれきたのは事実です。男も女も女が創造した。すごい存在価値があります。
母の日は過ぎても、終わっても女として母として、政府、

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