宮台真司教授の不愉快さ | シイタケのブログ

宮台真司教授の不愉快さ

 私は読んだ本の感想文などはこのブログに書かないが、読んでいてあまりにも不愉快になったので、宮台真司著「日本の難点」について記しておこうと思う。

 私はもともと宮台氏の専門とする社会学に興味がなく、興味がないので社会学の本もほとんど読んだことがなく、当然宮台氏の書いた本も、おそらくこれまで読んだことがない。しかし彼は90年代、マスコミでもずいぶん注目を集めていたので、彼の発言やエッセー的なものは見聞きしていた。この「日本の難点」は、宮台氏の直近の考え方がコンパクトにまとめてありそうだったので、「どれ宮台真司先生というのはいったいどんな考えの持ち主なのかいな」と思って、今さらながらだが、手にとってみたのである。

 私が社会学に興味がないのは、大学で社会学の講義を少し受けて、「なんでもありじゃん、こんなの学問なのか?」と思ったからである。本当はその感情を我慢してじっくり講義に聞き入れば、社会学の学問としての価値が分かったのかもしれないが、私はその社会学に対する第一印象をいまだ忘れられず、今でも「社会学なんて評論家やエッセイストが書く読み物と同じ」「社会学なんて多数の目を引くことを書けば勝ちという何でもありの世界」だと思っている。本当の社会学はそうでないのかもしれない。私が大学で受けた講義がたまたまよくなかったのかもしれない。しかし、この宮台氏の「日本の難点」については、私の社会学に対する第一印象がそのまま当てはまると感じた。

 宮台氏は結局のところ、世間に「ある論調」が広まり出し、その論調が7,8割方認知されてきたところで、「反対のこと」を言ってみて注目を受けることが好きなのである。かといって、その広まってきた論調に反対する一団と歩調を合わせるのではなく、「似ているようだけどあいつらとは違うよ」というスタンスをとってみせることが好きなのである。彼の論理の特性はこれに尽きる。これは彼の自己愛と幼児性の表出とみることもできる。

 彼は「平和主義を守るために重武装化が必要であり、そのために憲法改正が必要」という。戦前の日本の軍事力強化が侵略戦争を招いたこと、冷戦下のアメリカとソ連の軍拡競争で代理戦争が行われていたこと、憲法9条の地域安定化機能を無視する暴論である。しかし、彼は実際どのような武装が必要なのかということについて、本気で興味はないであろう。専守防衛堅持、平和主義堅持、9条改正反対という多数の世論に反対することが好きなだけである。そして彼と同じ重武装化を志向する人々に対しては、「軍事オタク」「馬鹿保守」などと罵っているだけである。もちろん、彼は安全保障は軍事面ばかりではないことを強調する。その点は正しい。しかしそれはまだそのような考えが世間の多くに認知されていないからだけであって、認知されるようになれば彼はまた反対のスタンスをとってみせるであろう。

 彼は「ナンパ」「セックス」「ヤクザ」についての語りを各所にちりばめている。これは彼がいわゆるエリートコースを歩んできたことに由来する。すなわち、彼のようなエリートコース出身者に対して世間は、「きっとお坊ちゃんで、精神的にもろく、女性経験も少なく純朴」などというイメージを持ちそうなところ、彼は「そうではない」ということを顕示したいのである。そして世間から彼と同類とみられる人々に対しては「ガリベン君」などと罵ってみせる。ヤクザの大半は暴力団であり、暴力団は犯罪行為を主な資金源とする反社会的集団である。ヤクザの子に罪はないが、ヤクザの子と付き合っていたことが糧になっているというのは何事か。

 世界的不況の到来により、規制緩和や経済のグローバル化といった理念が急速に信頼を失いつつある。そしていわゆる格差社会は好ましくないという認識が広まりつつある。ところが宮台氏は、経済のグローバル化や金融資本主義化は避けられず、それゆえに格差の進行もやむを得ないという。ここでも彼のパフォーマンスが光っている。そして必然的に生じる格差は、道徳、宗教、家族などで「包摂」して救えというのである。かといって彼は一種の復古主義は役に立たないという。しかし彼のいう「包摂」と、旧来からある(そして過去のものとなりつつある)道徳、宗教、家族関係の違いは、全然明らかではない。ちなみに、労働者のいわば包摂体である労働組合を、彼は毛嫌いしているようであるが、包摂を唱えることとの矛盾はどのように説明されるのであろうか。

 地球温暖化防止に関する国際的な取組みについても、彼は見解を述べているが、上に記したことと同じようなパターンの論理を踏んでいるだけなので、あえてここに書くまでもないであろう。

 彼は「包摂」を構築すべきだというが、結局のところそのために具体的にどのような社会の制度設計をすればよいというのか、さっぱり明らかではない。資本主義といえども資本主義のルールに支えられており、国内においては富の偏在の解消が、国際的には国家間の協調により資本主義の暴走を止めることが大事であり、いくらでも具体的な政策があるにもかかわらず、彼はその点には触れない。そもそも、包摂関係の国民への強制は不可能である。経済的に発展していけば、国民一人一人は共同体に依存しなくても生きてゆけるようになるため、個人が独立・自律してゆく。それは不可避であるし、個人の尊厳を確立していくために必要である。格差社会は道徳や宗教でごまかされるものではない。宮台氏は、格差社会が進んで弱者が寄り集まったところに一種の「包摂」を見出すとでもいうのであろうか。それは包摂ではなく貧困を再生産するスラムである。

 彼は秋葉原事件について、世間で言われているような、犯人の置かれていた労働環境は問題ではなく、「誰か何とか言ってやれよ問題」であると片付けている。たしかにこの事件の犯人だけを個人的に観察してみればそうであろう。しかし秋葉原事件はこの犯人だけのものではない。労働環境の悪化や、非人間的な扱いを受けることにより自暴自棄になっている犯罪予備軍が、秋葉原事件の背後に潜んでいることが問題なのである。その何万、何百万の自暴自棄者に対し、「何とか言ってやる」ことで救うことができるのか。そもそも宮台氏が「誰か…」と言っている時点で、人任せの無責任さが露呈しているではないか。

 彼は、法制化もなされている解雇権濫用禁止法理をなくせと述べているが、もはやここまで来れば私も反論する気が失せる。数多くの紛争を通じてここまで解雇権濫用法理が確立されてきたことの意義、そして労働者が安心して働ける環境を作ることが生産性を上げることにつながるという意義、さらに解雇規制が賃金ダンピングを防ぎ、国民の購買力を維持するという意義などを忘却した見解であり、取るに足らない。正規雇用と非正規雇用の垣根を低くすることは大事であるが、それは非正規雇用の待遇を向上させることによって実現すべき事柄である。

 彼は「包摂」を構築する手段も具体的に考えられないまま、挙句の果てにゲバラを持ち出し、その利他的性格をほめたたえ、今後は「社会を変える英雄待ち」をすることにしているようである。「日本の難点」の最後がそれで終わる。何の救いもない本である。ゲバラに申しわけないではないか。人の役に立たない学問は存在価値がない。言葉遊びのパフォーマンスである。

 以上のように、彼はパフォーマンスに終始しているだけであり、そのパフォーマンス力には脱帽するし、知識の吸収力、またそれをポンポン吐き出す力にも感心するが、それは芸能人でも評論家でもフリーライターがやっても不思議ではない。彼が大学に職を持ち、世間に訴える力(ステータス)を持っていることは一種の害悪といえよう。上記のように、彼は表面ではどの立場とも徒党を組まないように振舞っているが、その「結論」は財界や一部の右翼志向の政治家の見解と同じことが多いので、利用される危険性が極めて高い。彼に罪の意識があるのかないのかは知らないが、しばしば大学の研究者は、自分なりに論理一貫性を図ることができた場合、その結論の妥当性や現実社会での適応性を忘れてしまい、政治的に利用されてしまうことが多いので要注意である。

 これら宮台氏への批判はほかにも山ほどあるが、実は彼の論理は世の中の空気にあわせてコロコロ変わるものかもしれず、私が血圧を上げて腹立たしく思わなくてもよいのかもしれない。私が不愉快なのは実は彼の論理なのではなく、態度そのものなのかもしれない。つまり…

 まず、「日本の難点」を論じているにもかかわらず、自分の娘がかわいいからといって何ページも割くのはおかしい。そして娘が祖母の幻覚を見たことを思わせぶりに書くのは非科学的である(社会学も社会科学だ)。そして、誰かにインタビューされたのならともかく、50歳になろうとしているオッサンが、自分の生い立ちがいかに自分の人格形成に影響を与えてきたかということをくどくど真面目に語るのは滑稽である。同じく、50歳になろうとしているオッサンが「セックス、セックス」を連発するのも見苦しい。さらに、宮台氏は、高校生や大学生のコミュニケーションなどが、80年代、90年代に比べて変わってきていることをあちこちで書いているが(否定的なニュアンスで)、変わってきているのは宮台氏本人も同じだということを自覚すべきである。50歳近いオッサン(今の彼)より、30代の兄貴分(過去の彼)に若者が心を開くのは当たり前であろう。若者に意思が通じなくなった気がしているのは、実は自分の年齢が彼らと離れすぎてしまい、かつ老化で鈍感になってしまっていることが原因と自覚すべきである。物事を相対的にとらえられない人が「学者」というのは一体…?

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