領土という問題
ロシアのプーチン首相が来日して、麻生首相と会談し、そこでいわゆる北方領土問題について踏み込んで話し合われたという。私は領土問題についても素人であり、詳しくない。太平洋戦争前までは日魯通好条約、樺太・千島交換条約によって、今言われている北方領土(千島列島)はすべて日本領土であったという。そして戦後、サンフランシスコ平和条約では日本は明文で千島列島を放棄しており、あたかも現在、領有権はないようだが、これは終戦間際にスターリン率いるソ連がカイロ宣言(連合国による領土不拡大原則)を破って強行的に盛り込んだもので、なおかつソ連は当時の冷戦状況下、サンフランシスコ平和条約に署名していないこともあり、ここに北方領土問題の原因があるようだ。つまり、日本に領有権があるという主張をするなら、サンフランシスコ平和条約前の平和裏に結ばれた条約が有効であり、サンフランシスコ平和条約の千島放棄条項は無効だといえばよく、他方、ロシアに領有権があるという主張をするなら、サンフランシスコ平和条約によって日本は千島列島の領有権を放棄しているといえばよい。
私の見るところによれば、いずれの主張にせよ、何らかの条約を根拠として持ち出そうとすれば持ち出すことができるのであり、結局過去の条約は決め手にならないということであろう。19世紀の日魯通好条約、樺太・千島交換条約にしても、当時の国際状況を考えれば、本当に平和裏に結ばれたのかどうか怪しいところだ。「もともと日本人が住んでいたのだ」と主張してみても、そもそもその日本人は原住民を追い出して移住してきたのではないかと反論されれば再反論できず、これも決め手にならない。領土問題はナショナリズムを刺激するから、互いの国の、国家と国民を峻別して考えることのできない右翼的思考の人々は、互いに「わが国に領有権がある」として譲らない。
今回プーチン首相が来日して北方領土問題解決をちらつかせたのは、これを解決して(しようと見せて)日本の右翼的感情をなだめ、引換えに日本の産業技術を取り込んで経済力を強化したいという思惑があるからのようである。日本の財界も短期的には利益になる話なのでこれを歓迎し、当然財界の支える自民党の麻生首相もこの話に前向きというわけである。つまり、北方領土の領有権それ自体が問題なのではなく、互いの国の経済にとって有利な交渉を、北方領土問題を材料にして進めているという構図のようだ。麻生首相もプーチン首相も、自分の利益になるのであれば、北方領土がいずれの国のものになろうが興味はないのであろう。右翼的思考の人々は、千島全島が日本の領土だと強調する日本共産党を支持すべきであり、経済的利益と引換えに領土をもてあそんでいる麻生首相を非難しなければならぬ。いったいどちらが「愛国者」なのか?
北方領土の領有そのものが、日本とロシアの国民の生活にどのように影響するのか、私は知らないのでなんとも言えない。北方領土自体に鉱山資源が眠っているのかも知らないし、近海に水産資源が豊富なのかどうかも知らないし、北方領土自体の経済力がどの程度なのかも知らない。これらのことがあまり表に出ないということは、いずれの利益も期待薄であり、むしろ北方領土を抱えることで国家財政的にはマイナスということなのではないだろうか。
以上の次第で私は、北方領土がいずれの国の領有かは主張しない。今なお多数の主権国家で構成される世界において「領土」は重要な問題であるが、領土を巡って戦争にまで至る現実的可能性が極めて小さい二国間においては、私は、どちらの言い分にも理がある(ない)領土問題は、半永久的に「棚上げ」「凍結」しておいて差し支えないと思う。これは北方領土に限らず、問題になっているすべての領土においてそう考える。これを不満とする国民感情をコントロールするのは、それぞれの政府の役割である。そもそもそのような国民感情は、彼らの実際の生活利益に関係のない「心情」に過ぎないのだから、とるに足らぬ、なだめやすい(教育しやすい)ものである。そして当該領土の権利関係は共有とする。民法上の共有関係と同様である。新しい領土のあり方として受け入れられないであろうか。夢想的過ぎるだろうか。そのようにしても問題解決しないというとき、重要なのは当該地域に現に暮らしている人々の意思であろう。
北方領土問題をいうとき、現地住民の人の声が出てこないのはなぜだろうか。もちろん、敗戦後、現地に住んでいた日本人が追い出されたという事情はあるだろう。しかしもはや現実の状態として、今そこに住んでいる人々の意思は重要である。日本の領有を望むのか、ロシアの領有を望むのか、あるいは第三の「棚上げ」状態を望むのか。どの領土になるかによって最も影響を受けるのは現地住民なのであるから、住民の意思を尊重すべきだと思う。日本は北方領土に住む人々の暮らしを幸せにできる自信と実力があるだろうか。ぜひそうありたいものだが。住民の暮らしを顧慮せずに北方領土が国家間の取引材料にされるのは反対である。
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私の見るところによれば、いずれの主張にせよ、何らかの条約を根拠として持ち出そうとすれば持ち出すことができるのであり、結局過去の条約は決め手にならないということであろう。19世紀の日魯通好条約、樺太・千島交換条約にしても、当時の国際状況を考えれば、本当に平和裏に結ばれたのかどうか怪しいところだ。「もともと日本人が住んでいたのだ」と主張してみても、そもそもその日本人は原住民を追い出して移住してきたのではないかと反論されれば再反論できず、これも決め手にならない。領土問題はナショナリズムを刺激するから、互いの国の、国家と国民を峻別して考えることのできない右翼的思考の人々は、互いに「わが国に領有権がある」として譲らない。
今回プーチン首相が来日して北方領土問題解決をちらつかせたのは、これを解決して(しようと見せて)日本の右翼的感情をなだめ、引換えに日本の産業技術を取り込んで経済力を強化したいという思惑があるからのようである。日本の財界も短期的には利益になる話なのでこれを歓迎し、当然財界の支える自民党の麻生首相もこの話に前向きというわけである。つまり、北方領土の領有権それ自体が問題なのではなく、互いの国の経済にとって有利な交渉を、北方領土問題を材料にして進めているという構図のようだ。麻生首相もプーチン首相も、自分の利益になるのであれば、北方領土がいずれの国のものになろうが興味はないのであろう。右翼的思考の人々は、千島全島が日本の領土だと強調する日本共産党を支持すべきであり、経済的利益と引換えに領土をもてあそんでいる麻生首相を非難しなければならぬ。いったいどちらが「愛国者」なのか?
北方領土の領有そのものが、日本とロシアの国民の生活にどのように影響するのか、私は知らないのでなんとも言えない。北方領土自体に鉱山資源が眠っているのかも知らないし、近海に水産資源が豊富なのかどうかも知らないし、北方領土自体の経済力がどの程度なのかも知らない。これらのことがあまり表に出ないということは、いずれの利益も期待薄であり、むしろ北方領土を抱えることで国家財政的にはマイナスということなのではないだろうか。
以上の次第で私は、北方領土がいずれの国の領有かは主張しない。今なお多数の主権国家で構成される世界において「領土」は重要な問題であるが、領土を巡って戦争にまで至る現実的可能性が極めて小さい二国間においては、私は、どちらの言い分にも理がある(ない)領土問題は、半永久的に「棚上げ」「凍結」しておいて差し支えないと思う。これは北方領土に限らず、問題になっているすべての領土においてそう考える。これを不満とする国民感情をコントロールするのは、それぞれの政府の役割である。そもそもそのような国民感情は、彼らの実際の生活利益に関係のない「心情」に過ぎないのだから、とるに足らぬ、なだめやすい(教育しやすい)ものである。そして当該領土の権利関係は共有とする。民法上の共有関係と同様である。新しい領土のあり方として受け入れられないであろうか。夢想的過ぎるだろうか。そのようにしても問題解決しないというとき、重要なのは当該地域に現に暮らしている人々の意思であろう。
北方領土問題をいうとき、現地住民の人の声が出てこないのはなぜだろうか。もちろん、敗戦後、現地に住んでいた日本人が追い出されたという事情はあるだろう。しかしもはや現実の状態として、今そこに住んでいる人々の意思は重要である。日本の領有を望むのか、ロシアの領有を望むのか、あるいは第三の「棚上げ」状態を望むのか。どの領土になるかによって最も影響を受けるのは現地住民なのであるから、住民の意思を尊重すべきだと思う。日本は北方領土に住む人々の暮らしを幸せにできる自信と実力があるだろうか。ぜひそうありたいものだが。住民の暮らしを顧慮せずに北方領土が国家間の取引材料にされるのは反対である。
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