国会議員削減と歳費削減について
自民党と公明党が「国会改革」と称して、国会議員定数の削減や、歳費の削減などの検討を進めているという。国民に社会保障の削減や増税を押し付ける代わりに、「国会のわれわれも身を切って苦労しているんですから」とパフォーマンスを披露して、国民の怒りをかわそうという卑劣な手口である。困ったことにマスコミも根拠のない「国会議員全て悪し」「公務員全て悪し」というあおりを繰り返しているので、国民の多くもそれに乗せられて、「国会議員が減って給料も削れば税金の無駄遣いが減る」として、今回の「国会改革」を支持しているようである。
しかし、国会議員の数はこれ以上減らしてはならない。今でも少ないくらいなのに、これ以上に減らせば国会の機能は低下し、結局政治は民主的基盤のないキャリア官僚にいっそう支配されるようになるであろう。…「今でも少ない」と書いたのは正確には誤りかもしれない。真面目な国会議員が集結していれば現状の員数でも十分かもしれない。しかし悲しいことに現実的には今以上の定数がなければ、真面目な国会議員も集まらないということである。
これはよく知られていることだが、国会では年間、百数十本の法律が成立する。そしてそのうちの大半が内閣提出法案、すなわち各省庁のキャリア官僚が作成した法案である。つまり国会議員自身が提出する法案は少ない。現代国家は良かれ悪しかれ、非常に多くの複雑な法令によって規整されており、また現代社会では目まぐるしいスピードで様々な事象が起きるため、適確な法律による対処が不可欠である。専門的・技術的な事柄に関する法案作成は、やはり今後もキャリア官僚に委ねざるを得ないであろうが、国会議員はそれらを国民の視点から精査しなければならないのである。現状では全ての法案を精査できているとはいい難い。先般問題になった国家公務員改革法に関する政令(「渡り」OKの政令)が良い例であろう。法律の縛りがあいまいであるため(つまり法律に抜け穴があるため)国会議決を要しない政令が官僚のフリーハンドになってしまったということであり、これも国会議員の法案の精査がなかったことが原因である(自民党と公明党はこの件に関してはあえてスルーした可能性もあるが)。このように今以上に国会議員数を減らせば、法案を精査して審議するという国会の機能が損なわれる恐れがあるのである。
また、日本の人口からみても、国会議員の数はこれ以上減らしてはならない。国際的にみて、日本における国会議員1人当たりの国民人口は、先進諸国の中でも最下位のグループに属する。アメリカ合衆国は日本より少ないが、アメリカにおいては州議会の権限が強いことも考慮しなければならないため、単純に比較できない。それに国会議員1人あたりの国民人口が少ないということは、多様な民意も反映されないということである。現状でも死票が多く問題のある小選挙区制中心の選挙制度で定数削減をすれば、国会の中で個性を発揮している共産党や社民党は議席を失い、必然的にマスメディアの中でも発言力を失ってしまう可能性がある。少なくとも国民から数百万票を得ている政党を国会から締め出すことは民主主義の見地から大問題である。例えば今問題になっている製造業への派遣について、自民党も民主党も再び禁止すべしと明言していない一方、共産党と社民党は禁止を主張している(社民党議員の中には過去に派遣規制緩和に賛成した者もいるので今さらの感はあるが)。このように少数政党を締め出してしまうと、一定規模の国民の声が国会に反映されなくなってしまう危険性があるのである。
次に、歳費の削減についても私は反対である。歳費は国会議員が生活し、政治活動を行い、必要な調査をするための糧である。日本国憲法にも、49条に歳費受領権が明記されている。この規定の現代的意味は、国会の多数派が恣意的に少数派の歳費削減を目論むことを防止することのほか、どんなに貧しい国民でも国会議員になれる可能性が開かれているということであろう。つまり、資産家(実業家)でなくても、あるいは利益団体(経済団体や企業)のバックアップを受けていなくても、国会議員となって国民の代弁者になることができるということである。歳費受領権を保障しなければ、歳費がなくても政治活動ができる資産家や雇われ議員が跋扈する国会となって、国民の利益を損なうのである。この歳費受領権の意義を忘れて軽々しく歳費削減を論じるべきではない。真面目に政治活動や調査活動をしている議員は今の歳費でも足りないくらいであろう。これは健全な民主主義のための必要不可欠なコストであり、これを取り崩せば民主主義の根幹に関わるのである。歳費削減は、いかにも資産家や多額の企業献金を受けている議員が多い自民党らしい提案である。つまり彼らは歳費が削減されても何の痛みもないのである。
歳費を削って税金節約というのであれば、真っ先に政党交付金(政党助成金)を廃止すべきである。これはまったく憲法上の根拠も道理もない制度であり、支持しない政党に税金から何百億も支払われるという不合理な制度である。
以上のように、国会議員削減と歳費削減の訴えは与党政治家の都合のよいキャンペーン活動にほかならず、民主主義の破壊につながりかねないので注意して見守る必要があろう。
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しかし、国会議員の数はこれ以上減らしてはならない。今でも少ないくらいなのに、これ以上に減らせば国会の機能は低下し、結局政治は民主的基盤のないキャリア官僚にいっそう支配されるようになるであろう。…「今でも少ない」と書いたのは正確には誤りかもしれない。真面目な国会議員が集結していれば現状の員数でも十分かもしれない。しかし悲しいことに現実的には今以上の定数がなければ、真面目な国会議員も集まらないということである。
これはよく知られていることだが、国会では年間、百数十本の法律が成立する。そしてそのうちの大半が内閣提出法案、すなわち各省庁のキャリア官僚が作成した法案である。つまり国会議員自身が提出する法案は少ない。現代国家は良かれ悪しかれ、非常に多くの複雑な法令によって規整されており、また現代社会では目まぐるしいスピードで様々な事象が起きるため、適確な法律による対処が不可欠である。専門的・技術的な事柄に関する法案作成は、やはり今後もキャリア官僚に委ねざるを得ないであろうが、国会議員はそれらを国民の視点から精査しなければならないのである。現状では全ての法案を精査できているとはいい難い。先般問題になった国家公務員改革法に関する政令(「渡り」OKの政令)が良い例であろう。法律の縛りがあいまいであるため(つまり法律に抜け穴があるため)国会議決を要しない政令が官僚のフリーハンドになってしまったということであり、これも国会議員の法案の精査がなかったことが原因である(自民党と公明党はこの件に関してはあえてスルーした可能性もあるが)。このように今以上に国会議員数を減らせば、法案を精査して審議するという国会の機能が損なわれる恐れがあるのである。
また、日本の人口からみても、国会議員の数はこれ以上減らしてはならない。国際的にみて、日本における国会議員1人当たりの国民人口は、先進諸国の中でも最下位のグループに属する。アメリカ合衆国は日本より少ないが、アメリカにおいては州議会の権限が強いことも考慮しなければならないため、単純に比較できない。それに国会議員1人あたりの国民人口が少ないということは、多様な民意も反映されないということである。現状でも死票が多く問題のある小選挙区制中心の選挙制度で定数削減をすれば、国会の中で個性を発揮している共産党や社民党は議席を失い、必然的にマスメディアの中でも発言力を失ってしまう可能性がある。少なくとも国民から数百万票を得ている政党を国会から締め出すことは民主主義の見地から大問題である。例えば今問題になっている製造業への派遣について、自民党も民主党も再び禁止すべしと明言していない一方、共産党と社民党は禁止を主張している(社民党議員の中には過去に派遣規制緩和に賛成した者もいるので今さらの感はあるが)。このように少数政党を締め出してしまうと、一定規模の国民の声が国会に反映されなくなってしまう危険性があるのである。
次に、歳費の削減についても私は反対である。歳費は国会議員が生活し、政治活動を行い、必要な調査をするための糧である。日本国憲法にも、49条に歳費受領権が明記されている。この規定の現代的意味は、国会の多数派が恣意的に少数派の歳費削減を目論むことを防止することのほか、どんなに貧しい国民でも国会議員になれる可能性が開かれているということであろう。つまり、資産家(実業家)でなくても、あるいは利益団体(経済団体や企業)のバックアップを受けていなくても、国会議員となって国民の代弁者になることができるということである。歳費受領権を保障しなければ、歳費がなくても政治活動ができる資産家や雇われ議員が跋扈する国会となって、国民の利益を損なうのである。この歳費受領権の意義を忘れて軽々しく歳費削減を論じるべきではない。真面目に政治活動や調査活動をしている議員は今の歳費でも足りないくらいであろう。これは健全な民主主義のための必要不可欠なコストであり、これを取り崩せば民主主義の根幹に関わるのである。歳費削減は、いかにも資産家や多額の企業献金を受けている議員が多い自民党らしい提案である。つまり彼らは歳費が削減されても何の痛みもないのである。
歳費を削って税金節約というのであれば、真っ先に政党交付金(政党助成金)を廃止すべきである。これはまったく憲法上の根拠も道理もない制度であり、支持しない政党に税金から何百億も支払われるという不合理な制度である。
以上のように、国会議員削減と歳費削減の訴えは与党政治家の都合のよいキャンペーン活動にほかならず、民主主義の破壊につながりかねないので注意して見守る必要があろう。
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