NHKに対する政治介入
終戦63年目の夏だ。民放ではもはや終戦の日だからとって特別番組を組むことも少なくなったが、NHKでは先の大戦に関連した特別番組をしばらく前から放映している。とりわけ印象深いのは、レイテ沖海戦やインパール作戦、沖縄戦など、多数の犠牲者を出した戦闘の生き残り兵士の証言を集めた番組だ。これは非常に生々しい。すでに証言者も80代であり、今を逃せば証言を得る機会も失われるだろう。また、生存者もいわば人生の仕上げ段階に差しかかり、これまで心にしまいこんで口にしなかった悲惨な過去を語る余裕も生まれているのではないか。その意味では、戦闘体験の証言を集めるのは、今が唯一のチャンスといってよいだろう。このような番組の企画はすばらしいと思う。そしてこのような悲惨な体験は、決して過去のものではなく、現にイラクなどの紛争地域で今も同じ体験をしている人々がいるということを忘れてはならないと思う。この証言番組は、あえて先の戦争に対する「評価」にかかわる部分を表に出さない。証言者も大半は事実を述べているだけである。そこに真実味があり、日本軍の戦争指揮がいかに無茶だったかがよく分かるのだが、番組を見る人によってはその点が理解できないのではないか、少々気になるところではある。
つまらないテレビ番組が多い中で、NHKの特集「ワーキング・プア」のように、NHKの特集番組はそこそこ見応えのあるものが多いと思う。企業などのCM料ではなく、視聴者の受信料で運営しているのだから、国民の立場から真実を報道する姿勢があって当然だ。また、重要な表現の自由の担い手であり、国民の知る権利に応える責務があることはいうまでもない。国会の委員会などで自民党の議員から番組内容について干渉されても(自民党議員は労働者や戦争を扱った番組が嫌いらしい)、決して屈服せずにいてもらいたい。竹中平蔵氏ら市場原理主義者はNHKも民営化したいらしいが、市場原理に飲み込まれ大企業に操られる巨大メディアがどれほど国民に不利益をもたらすか、イラク戦争に突き進んだアメリカをみれば明らかである。とはいえ、NHKが今の政治体制と完全に独立して経営されているかといえば決してそうではない。常に国民の監視が必要だと思う。
ところで今年の6月にNHKに関する最高裁判決があった。従軍慰安婦を採り上げたNHKの番組につき、取材に協力した女性団体が「期待していた番組と違う」として損害賠償を求めた事件である。これについては安倍晋三議員ら自民党幹部が、放送前にNHKに圧力をかけたといわれている。最高裁はこのような政治家の干渉行為には触れることなく、「取材される側が番組に対して抱いた期待は、原則として法的保護に値しない」として訴えを退けた。最高裁はやはり「政治行為」に触れることは嫌いなようだ。そもそも安倍氏ら国会議員という特権を持った人物(=国家権力)が、NHKに対して圧力をかけたこと自体が大問題である。この点で国家権力による表現の自由の侵害であり、NHKや取材された女性団体はその侵害行為を訴えることができよう。しかしそれができないのは、NHKにとっては政策的判断があったのと、女性団体にとってはやはり立証が難しかったのであろう。一部ではこの最高裁判決に対し、「最高裁は表現の自由を守らない」と強く非難があるようである。しかし私は、安倍氏らの行為を非難するのは当然としても、最高裁の論理については「なるほどそうか」と思う。取材する側、つまりNHKにも番組編成権があるのであり、これはこれで表現の自由のひとつである。今回は当事者が従軍慰安婦問題を扱う女性団体であったが、例えば取材を受けた側が暴力団や右翼団体、あるいは特定の政治団体や闇稼業の人物だったらどうか。取材をするほうは取材を受けてもらうためにさまざまなアプローチをするであろうし、かといって絶対に取材をされる側の意向に沿った番組にしなければならないというのは、あまりにも番組編成権を損ねることになろう。もし反社会的な団体がNHKを訴えたとして、裁判所がNHKに損害賠償を命じたら、それはそれでNHKの表現の自由を縛ることになる。このように考えると、今回最高裁の出した取材する側・される側の関係のルールは、それほど変ではないと思うのである。
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ところで今年の6月にNHKに関する最高裁判決があった。従軍慰安婦を採り上げたNHKの番組につき、取材に協力した女性団体が「期待していた番組と違う」として損害賠償を求めた事件である。これについては安倍晋三議員ら自民党幹部が、放送前にNHKに圧力をかけたといわれている。最高裁はこのような政治家の干渉行為には触れることなく、「取材される側が番組に対して抱いた期待は、原則として法的保護に値しない」として訴えを退けた。最高裁はやはり「政治行為」に触れることは嫌いなようだ。そもそも安倍氏ら国会議員という特権を持った人物(=国家権力)が、NHKに対して圧力をかけたこと自体が大問題である。この点で国家権力による表現の自由の侵害であり、NHKや取材された女性団体はその侵害行為を訴えることができよう。しかしそれができないのは、NHKにとっては政策的判断があったのと、女性団体にとってはやはり立証が難しかったのであろう。一部ではこの最高裁判決に対し、「最高裁は表現の自由を守らない」と強く非難があるようである。しかし私は、安倍氏らの行為を非難するのは当然としても、最高裁の論理については「なるほどそうか」と思う。取材する側、つまりNHKにも番組編成権があるのであり、これはこれで表現の自由のひとつである。今回は当事者が従軍慰安婦問題を扱う女性団体であったが、例えば取材を受けた側が暴力団や右翼団体、あるいは特定の政治団体や闇稼業の人物だったらどうか。取材をするほうは取材を受けてもらうためにさまざまなアプローチをするであろうし、かといって絶対に取材をされる側の意向に沿った番組にしなければならないというのは、あまりにも番組編成権を損ねることになろう。もし反社会的な団体がNHKを訴えたとして、裁判所がNHKに損害賠償を命じたら、それはそれでNHKの表現の自由を縛ることになる。このように考えると、今回最高裁の出した取材する側・される側の関係のルールは、それほど変ではないと思うのである。
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