東京五輪は必要か
北京オリンピック開催中につき、関連して東京オリンピック招致活動について触れてみたいと思う。といっても私の意見はシンプルで、東京でオリンピックを開催する必要はない、というものだ。すでに都内のあちこちには東京五輪招致活動中のノボリが立てられている。経済成長著しい国でオリンピックを開催するなら、それはそれで意味があろう。それを機に社会資本の整備が進んだり、テレビなど購買意欲が高まったり、世界の注目が集まって経済効果も見込めるからである。その国の情報が世界に伝わることによって、政治体制自体もよい方向へ変容する可能性もある。しかしながら、現在のようにオリンピックが一大商業イベントと化している以上、日本で開催する意義は非常に小さい。むしろ財政が厳しい中、オリンピックにかけるお金は無駄である。新たな競技場も新たな交通施設も、もはや必要ない。試算によれば、もし東京でオリンピックを開催する場合、数百億円の公金が支出されるという。というかむしろすでに準備として支出されつつある。公共事業予算が削られて経営が厳しくなっている土建業界にとって、オリンピックに関わる公共工事はおいしい話であろう。しかし今の日本で、オリンピックに使う数百億円があったら他にお金を回してほしい事柄が山ほどある。とりわけ、東京五輪の開催に関しては東京都も独自に財政負担が予定されているが、今の東京の財政のあり方はひどい。病院を民営化し、保育園を民営化するなど、福祉予算を削る一方で、新銀行東京に数百億円追加出資するなど都民無視である。これら悪都政の責任は全て石原都知事とそれを支える都議会議員にある。石原都知事の言動から判断すると、オリンピック招致は彼にとってまさに「国威発揚」である。その根っこは「北京以上にドーンと大きなことをやってみせたい」という無邪気な願望である。このような不純な動機は、世界の平和と個人の尊重を志向する「オリンピック憲章」にまったくそぐわない。都民は都知事の道楽に付き合う余裕はないのである。また、土建業界とつながった都議会議員も東京五輪招致を進めているであろう。東京五輪開催に関しては、彼らのような「オリンピックでおいしい思いをする人」を監視する必要があると思う。一部には「東京でオリンピック見物がしたい」というわがままな市民もいるかもしれないが、大画面テレビで我慢してほしい。我慢できなければ直接開催国に行ってきなさいと申し上げたい。
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