或る本で「百科事典のセールスマン」というエッセイを

読んで、昔のことを思い出した。

 

かれこれ半世紀も前の話である。

大学卒業後、地元の市役所に就職した春のことだった。

職場に平凡社の百科事典のセールスマンが回って来て、

新人職員の私は恰好のカモと見られ、

ローンを組んでの購入をしつこく勧められた。

当時、青二才の私にとって百科事典は憧れだった。

全何巻だったか忘れたけれど、

分厚くどっしりした風情の知の集積がそばにあったら、

どんなにいいだろうと思った。

 

えい、やっ!と、その場で購入を決めた。

若いセールスマンは大喜び。

まもなく、自宅に百科事典が届き、自室の机の脇に

誇らしげに収まった。

ところが、早1年後には市役所を希望退職し、

ローンをかかえて大学院に入学することになった。

その際、百科事典の一部が不条理な憂き目に遭った。

孫娘の私が勝手に役所をやめてきた腹いせに、

気性の激しい祖母が怒りを爆発、

「何だ!こんなもの!」と叫んで、

雨の日にベランダの二階から

彼らの3、4冊を次々投げ捨てた。

すぐに救出に向かったが、

雨でぐちゃぐちゃの地面に落下した彼らは

すっかり泥まみれになっていた。

 

こうして一部傷物になった百科事典を含めて、

彼らは進学先の大学近くのアパートの

粗末な四畳半に収まった。

そこだけ、威風堂々光って見えたけれど、

どのくらいの頻度で使ったかと言えば、

ごくたまにという印象しかない。

それでも、頼もしい助っ人としてそばにいてくれた。

 

その後、アルバイトを複数掛け持ちしながら、

二つの大学院を終了後、(何、勉強したんだか?)

私の人生ではありえないはずだった結婚という暴挙に

挑むはめになり、百科事典も連れて一緒に同居。

あっという間に二十数年が経ち、

夫の故郷の秋田に転居することになった。

パソコンやスマホの時代になると、

もう場所を取る百科事典の出番はなく、

やむなく処分することにした。

 

彼らを十冊くらいずつ重ねてひもで縛り、

ごみ集積所に置いた。

何だか淋しそうな風情に

恩人に恩を仇で返すみたいな罪悪感を覚えた。

今、思えば古本屋さんにでも無料で持って行ってもらえば

良かったかと思うが、

古い百科事典なんか買い取る価値はなかったかも・・・

 

百科事典の思い出は、青春の思い出と重なっている。

体調不良の時、懐かしい思い出は干からびた脳細胞を

じわりと潤してくれる。

回想療法の賜物であります。