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伊勢神宮正式参拝

この季節いろんな神社から参宮ツアーが出ていて
私も参加させていただきました。
まず外宮
勾玉池があふれて浸水したせんぐう館は
まだ休館中でした。
お祓いを受け、御垣内(みかきうち)参拝させていただきました。
一般の参拝は玉垣の外からお参りしますが
正式参拝はお祓いを受け、玉垣の中から参拝します。
服装も神様に失礼のない正装です。
白石の上を歩くといっそうパワーをいただけた気がします。
外宮は豊受大神が祀られています。
千木が縦に切れていて(外そぎ)え~?男の神様でしたっけ?
(「伊勢の人間は豊受大神は男だと思っています」と聞いてびっくり。
伊勢神道では豊受大神は天御中主神、国常立神と同一神だとされているそうです。)
宮大工さんにお話をお聞きしたのですが、
千木の内そぎ、外そぎの違いは神社さんによってまちまちで
男の神様女の神様で千木の形を分けているとこもあれば
住吉大社のように神話の神様(底筒、中筒、表筒)と
実在の??神功皇后で分けているところもあるそうです。
 
光がまぶしい。

 

車で10分ほどの内宮へ。。。

バスツアーなのであわただしいです。。。

外宮は左側通行でしたが、内宮は右側通行

 

内宮でも御垣内参拝をさせていただき

御神楽の奉納のため神楽殿に向かいます。

 

待合で少し待たされて神楽殿に移動
少しすると伶人(音楽担当)と巫女さんが来られ
御饌をお供えされ、巫女さんによる神楽
そして衣冠束帯の男性1人が出てこられ人長舞
最後に蘭陵王
かなりの長い時間で足がしびれましたが、見応え?がありました。
(あくまでも奉納なので神様の方を向いて舞われます。)
 
風が強さがわかりますね?

 

宇治橋のこの擬宝珠だけお札が納められているとかで

みんなが触っていきます。

 

神宮会館でお食事

2人に1本お銚子がついていました。

お神酒下がりなんだそうです♪

 

思っていた以上においしかったです!

あわただしかったけれど、よいお参りさせていただきました。

 

 

自己申告

「最近の紅白は知らない人が9割だ」
と、知り合いの老人が言いました。
いや~私も似たようなもんです。。。
米津玄師?誰?
紅白を見てその年の流行を知る。
そんなかんじです。
SEKAI NO OWARIもそんなバンドの一つ。
なんか昔のテクノポップじゃないけど
機械的な歌い方をする人だなと思っていましたが
あまり歌詞まで気にしていませんでした。
先日まひろさんのブログで紹介されていた歌を聞いて
心が痛かったです。。。
しんどい子供たちの話を総合したような歌詞

Fukaseさんは不登校だったそうで
歌詞は不登校の子供に気持ちをそのままです。
精神病の治療薬の副作用に苦しんだとか
それをよく歌詞にできましたねえーん
そもそもSEKAI NO OWARIというバンド名も
「世界が終わったような生活を送っていた頃に
残されていたのが音楽と今の仲間だったので、
終わりから始めてみよう」
ということからつけられたようです。
昔で言えば、尾崎豊の『15の夜』みたいに
若い人の共感を呼ぶんですね。

受験生の息子
センターは使わないからと受験せず
来月から私立大学の受験シーズンに突入です。
推薦で進学するかもしれない大学の書類を書いていて
その中に健康などに関する調査書がありました。
要はその学生に配慮が必要かどうかなのですが
それだけ配慮してくれる大学なのだと思いました。
Q&A形式で
『障がい者などの手帳を持っているかどうか。
身体的、精神的に病気を患っているか。
発達障害があるか
その他』
私としては今までのことを鑑み
何らかの配慮はほしいと思いました。
本人は
「書くとしたら、起立性調節障害?
でもなあ、血圧が今はそう低いわけではない。
しかし毎日が元気なわけではない。
うーん、どうしようかな。
特記事項なしでいいや」
と言うことになりました。
まあ本人がそう言うならいいか。。。
今は眠れないことはあっても
体調がよいようなので、
このまま受験に突入できますように。

御所を通過しました。

御所というより正確には京都御苑です。
ぐるりの広い敷地が京都御苑で天皇のお住まいが御所。
入口をのぞくと、御所を参観される人も少なくて、
係の方も暇そうに立っておられました。
私も今日は御苑を通過自転車しただけ。
クレーン?高所作業車がありました。
松の木を剪定しているようです。

わかりますか?

こんな高いところで剪定されていました。

しかしよくよく見たら、

ハシゴがかかっています。

子どもが幼いころ京都御苑にセミ取りに行きました。
しかし木が高すぎて全然届かなかったという思い出が。。。
明治維新150年
そのころに植えられた木が大木となりましたが
結構弱ってきているものがあるようで
管理が大変だそうです。

 

雨ニモマケズ

昨日はお仕事と新年会の間に空き時間があり
高島屋に行きました。
『国民とともに歩まれた平成の30年』
という展示会が行われていました。
昨日は最終日で4時半入場終了で滑り込みセーフでした。

天皇皇后両陛下の

平成の30年の足跡を写真やゆかりの品々でたどった展示でした。

 

各地への慰問と慰霊の30年だったのだなと思いました。
中でも被災地への慰問は
私の中の災害に対する記憶を呼び起こし
人々を勇気づけてこられたのだと、胸が熱くなりました。
そして宮沢賢治の『雨ニモマケズ』の詩を思いました。
東ニ病気ノコドモアレバ
行ッテ看病シテヤリ
西ニツカレタ母アレバ
行ッテソノ稲ノ朿ヲ負ヒ
南ニ死ニサウナ人アレバ
行ッテコハガラナクテモイヽトイヒ
北ニケンクヮヤソショウガアレバ
ツマラナイカラヤメロトイヒ
ヒドリノトキハナミダヲナガシ
サムサノナツハオロオロアルキ
ミンナニデクノボートヨバレ
ホメラレモセズ
クニモサレズ
サウイフモノニ

ワタシハナリタイ 
両陛下のなさってきたことは
まさに賢治がこの詩で書いていたことなのではないでしょうか?
 
ここからはおまけ記事ですが
新年会はトルコ料理♪
レンズ豆のスープに
こちらは前菜
ヨーグルト味とかスパイシーな豆とかツナだったかな。。。
パンにつけていただきます。
メインのケバブを撮り忘れましたが、おしかったです。
デザートはライスプディング(冷たいです。)でした。
幹事は私でしたが、
みんなおいしいと喜んでくれました。
息子たちにも連れていけと言われています。
 
 
 

 

 

住吉大社 初辰の日

高校生の時に行って以来の住吉大社
たまたま初辰の日でした。

住吉大社の灯篭ってめちゃくちゃデカイ
暦の初辰から、はったつ→発達
になったらしく、
縁起物の招き猫が授与されています。


まず太鼓橋を渡ります。
秀吉の側室 淀君が寄進したと言われています。
下鴨神社の太鼓橋は神様の渡る橋とかで渡れません。
住吉大社も以前は神輿だけが渡れだそうですが
昭和初期から、人も渡れるようになったそうです。
手水舎のウサギ
神功皇后が住吉の神様
イザナギノミコトが黄泉の国から戻って
禊をした時
海の底で生まれた底筒男神
海の中ほどで生まれた中筒男神
海の表面から生まれた表筒男神
を祀ったのが卯の年卯の日だったそうです。

四角い鳥居の柱は珍しいですね。
住吉鳥居というそうです。


私も初辰の日限定招福猫授与していただきました。
奇数月は左手
偶数月は右手を上げています。
毎月通って48個集めると
大きい猫ちゃんに替えていただけます。
48回はお参り大変なので、
とりあえず左右のペアをいただきにまた参りたいです。