たこつぼ型心筋症は,急性心筋梗塞に類似した胸部症状および心電図変化を示し,心尖部を中心とした広範な領域での低収縮と心基部の過剰収縮を呈する疾患である.比較的予後は良いとされるが,まれに死亡例も報告されている.

筆者らは筋萎縮性側索硬化症に合併した,たこつぼ型心筋症の剖検例を経験し報告した.


以下に症例を紹介する.

2005 年2 月下旬に喀痰喀出困難出現し,緊急入院.
入院時の低酸素血症は喀痰吸引にて改善.喀痰吸引後の血液ガス(酸素10l/min マスク)は,pH 7.33,PaCO2 51mmHg,PaO2 90mmHg,BE―0.3mmol/l.心電図は洞性頻脈のみで,心エコー上も著変なし.

入院翌日に38.2℃ まで熱発.採血にて白血球,CRPと高値であり,胸部CT 上両肺下葉に浸潤陰影と少量の胸水をみとめ,嚥下性肺炎が考えられた.嚥下性肺炎に対して抗生剤投与を開始した.一旦改善をみとめるも肺炎は再増悪.

入院8日後に喀痰貯留からSpO2 が一時50% 以下まで低下した.

入院9 日後に気管切開を施行.

入院13日後の夕刻に心電図モニター上でST-T 上昇がみとめられた.患者の自覚症状は乏しかったが,12 誘導心電図では著明なST-T 上昇をみとめた. 心エコーでは左室心尖部を中心とした広範囲の低収縮と,心基部の過剰収縮をみとめ,たこつぼ型心筋症に特徴的な所見であった.ヘパリン,利尿剤,昇圧剤の投与を開始した.

約2 週間後の心エコーでは心尖部を中心とした左室壁運動の改善がみられており,心電図上胸部誘導を中心とした広範囲の深いT 波の陰転化をみとめ,たこつぼ型心筋症の経過に矛盾しないものであった.

以後小康状態

入院36 日後より明らかな原因なく突然の血圧低下,尿量減少

翌日に治療に反応せず永眠した.

ここまで。まず、たこつぼALSと思われる臨床像を1つ定時しました。
詳しくは下記または本論文を確認してみてください。


たこつぼ型心筋症を合併した筋萎縮性側索硬化症の剖検例
松山友美  臨床神経,48:249―254, 2008

はじめに
たこつぼ型心筋症は,急性心筋梗塞に類似した胸部症状および心電図変化を示し,心尖部を中心とした広範な領域での低収縮と心基部の過剰収縮を呈する疾患である.比較的予後は良いとされるが,まれに死亡例も報告されている.近年,日本を中心として症例報告が増えつつある症候群である.神経筋疾患でたこつぼ型心筋症を発症した症例はまれに報告があるが,剖検例の報告はいまだない.私たちは筋萎縮性側索硬化症に合併した,たこつぼ型心筋症のはじめての剖検例を経験した.本症は神経内科医が治療をおこなう上で臨床的に重要な合併症であり,文献的考察を加え報告する.

症例
症例:63 歳,男性.
主訴:呼吸困難.
既往歴:1990 年転落し頭部打撲.1991 年慢性糸球体腎炎
(膜性腎症,非進行性).1996 年高脂血症.2004 年11 月肺塞栓
うたがいにて入院加療された.
生活歴:家族歴:特記事項なし.
現病歴:1998 年(57 歳)ごろより右手脱力,1999 年2 月ごろより左手の脱力感も出現した.3 月ごろより両肩から両上肢にかけて筋萎縮が進行し,2000 年7 月に九州大学神経内科に入院した.IgE 高値があり,自己免疫機序の関与を考えられて血漿交換,および免疫グロブリン大量療法を施行された.しかし,臨床的改善はみとめられなかった.2002 年7 月より当科外来で経過観察.2003 年11 月より首下がりが出現した.
2004 年4 月より嚥下時のむせも出現した.2005 年2 月下旬に喀痰喀出困難出現し,緊急入院した.
入院時現症:全身理学的所見:身長158cm,体重48kg,血圧152_80mmHg,脈拍数120_分,整,頻呼吸でSpO2 91%(酸素10l_min をマスクで投与時),体温36.7℃,胸部聴診にて心音正常,湿性ラ音を聴取,腹部異常なし.
神経学的所見:意識清明,見当識正常,項部硬直なし.脳神経系では対光反射正常,両眼球運動正常,構音障害なし.軽度の嚥下障害,舌の萎縮と線維束性収縮をみとめた.運動系は,頸部屈筋群伸筋群ともに中等度の筋力低下.四肢は不随意運動なく,筋トーヌスは上肢低下,下肢正常.両上肢はびまん性の筋萎縮をみとめ,高度の筋力低下あり.下肢は筋萎縮はめだたなかったが,中等度の筋力低下をみとめた.協調運動は筋力低下のため評価できず.下顎反射消失,深部腱反射は上肢では消失,下肢では軽度亢進していた.病的反射陰性.感覚系は,表在感覚,関節位置覚,振動覚とも障害なし.膀胱直腸障害なし.入院後の臨床経過:入院時の低酸素血症は喀痰吸引にて改善した.喀痰吸引後の血液ガス(酸素10l_min をマスクで投与時)は,pH 7.33,PaCO2 51.0mmHg,PaO2 90.3mmHg,BE―0.3mmol/l.心電図(Fig. 1a)は洞性頻脈のみで,心エコー上も著変なし.入院翌日に38.2℃ まで熱発.採血にて白血球19,600/l,CRP 23.01mg/dl と高値であり,胸部CT 上両肺下葉に浸潤陰影と少量の胸水をみとめ,嚥下性肺炎が考えられた.肺塞栓の再発は,CT 上肺動脈影の欠損がなく否定的であった.嚥下性肺炎に対して抗生剤投与を開始した.一旦改善をみとめるも肺炎は再増悪,培養にてMRSA 検出.入院8日後に喀痰貯留からSpO2 が一時50% 以下まで低下した.そのため気道確保目的で入院9 日後に気管切開を施行.入院13日後の夕刻に心電図モニター上でST-T 上昇がみとめられた.患者の自覚症状は乏しかったが,12 誘導心電図では,I,II,III,aVF,V3~V6 誘導で著明なST-T 上昇をみとめた. CPK-MB 30U/l(基準値:<25U/l)と軽度上昇し,心臓型脂肪酸結合蛋白(H-FABP)陽性,トロポニンT 陽性であった.心エコーでは左室心尖部を中心とした広範囲の低収縮と,心基部の過剰収縮をみとめ,たこつぼ型心筋症に特徴的な所見であった.患者の全身状態から緊急心臓カテーテル検査は施行できなかったが,急性期心筋梗塞を鑑別に考えながら,ヘパリン,利尿剤,昇圧剤の投与を開始した.約2 週間後の心エコーでは心尖部を中心とした左室壁運動の改善がみられており,心電図上胸部誘導を中心とした広範囲の深いT 波の陰転化をみとめ,たこつぼ型心筋症の経過に矛盾しないものであった.以後小康状態であったが入院36 日後より明らかな原因なく突然の血圧低下,尿量減少をみとめ,治療に反応せず翌日に永眠した.家族の許可をえて死後3 時間で病理解剖をおこなった.
病理所見:
肺:両肺には肺胞の器質化と異物巨細胞をみとめ,陳旧性の気管支肺炎の像と考えられた.肺梗塞巣は肉眼的にも組織学的にもみとめなかった.
心臓:漿液性心囊水230ml が貯留.冠状動脈の閉塞や狭窄および心筋梗塞巣はみとめなかった.心尖部および心基部での組織学的所見では,心内膜側,心外膜側ともに心筋細胞の脱落と間質の線維化が広範囲にみとめられた.組織学的変化は心尖部と心基部とでほとんど同じであった.
神経系:脳重量は1,300g で肉眼的所見では異常はみられず,中心前回の萎縮もみとめなかった.脳幹では舌下神経核の神経細胞脱落があり,残存した神経細胞にBunina 小体がみられた.Ubiquitin 染色にて舌下神経核の神経細胞において糸くず様封入体(skein-like inclusion)が検出された.内包後脚や延髄錐体には変性所見をみとめなかった.
脊髄標本の都合上,頸髄での検討はおこなえず胸髄でのみ検討をおこなった.胸髄では前角の神経細胞の変性をみとめ,リポフスチンが蓄積したpigmented neuron およびaxonal spheroid がみられた.Luxor-Fast-Blue 染色では外側皮質脊髄路の淡明化は明らかでなかったが,抗CD68 抗体をもちいた免疫染色で,胸髄側索の皮質脊髄路をふくむ白質に陽性反応がみられ,皮質脊髄路の変性にともなうマクロファージの浸潤が示唆された.頸髄は直接しらべる事ができなかったが,頸髄支配の胸骨甲状筋に小径角化筋線維の集簇をみとめ,頸髄前角細胞の変性があるものと判断された.
以上,Bunina 小体,skein-like inclusions の存在,胸髄側索の抗CD68 免疫染色陽性反応から神経病理学的に筋萎縮性側索硬化症と診断した.

引用:臨床神経,48:249―254, 2008