ALS医療に露呈するさまざまな問題は, 純粋に医学的な問題に留まらず, 長期療養の場の確保, 社会支援体制の整備, 社会資源の確保など社会医学的な諸問題, 加えて法的未整備の問題が含まれる.

ALSの経過に沿った緩和医療WHOの規定(1990年)によれば, 緩和医療とは「根治的治療手段の無くなった患者に対する積極的全人格的対応active total care」であるとされている. そこでは, 痛みのコントロールやその他の症状, 心理的, 社会的, 魂即ち生きざまの問題が対象となる. そのゴールは, 患者と家族のquality of life (QOL)であるとされ, さらに1993年の細則では, active total careを規定し, それは, 生きることの尊重, 死にゆく過程への敬意を軸にして, そこでは死を早めることにも, 遅らせることにも手をかさず, 臨終まで積極的に生きることへの支援を行うとされた.

ALSの緩和医療では経過を通してポイントとなる4つの時期が存在する.
第1のポイントは, 病名告知とその直後である.
第2のポイントは病名確定後の療養の時期.
第3ポイントはtotal locked-in syndrome(TLS)から終末期に至る時期である.
第4ポイントは患者の死後あとに残された家族への心理支援である.


ALSにおいては, 診断が確定し病名を告げられた時から緩和医療が始まるとの認識を持たなければならない.病名告知は医療スタッフにも戸惑いと苦痛がある.
筆者が心掛けている2つの原則がある.
1つは, その患者と何らかの形で気脈が通じていること, その人の仕事, 出身地, 趣味など, その人の人生の一端に心を動かし共感することが大切である.
2つ目は職業人として患者とは節度ある一定の距離を維持しなければならない.


序文はまず前提として、ほとんどそのまま載せています。
そして、ポイントとなる4つの時期をどう考え、最後に記したいかに対応するかを考えなくてはなりません。特に筆者が示す、2つの原則は医師に限らず必要なことと認識しています。


筋萎縮性側索硬化症(ALS)の緩和医療を巡る幾つかの重要な論点
湯浅龍彦    IRYO Vol.59 No.7 (347-352) 2005.7

要旨 筋萎縮性側索硬化症amyotrophic lateral sclerosis (ALS)は政策医療で取り組むべき重要疾患である. ALSでは診断が確定し病名を告げられた時から緩和医療が始まる. その経過には4つのポイントとなる時期がある. 病名告知と受容の時期, 療養期, 完全とじこめ症候群の期間, 患者死後の家族支援の時期である. そして呼吸器を選択しない場合, 自由, 尊厳, ホスピスがテーマになる. 呼吸器装着下の療養では療養の場の確保, 嚥下・栄養, 発語と会話そしてコミュニケーション手段, 精神的な不安やうつ, そして生き甲斐の問題身体機能の低下と身体合併症, そして家族における変化などの問題が次々と現れる. これらに対応するには国立病院機構・ナショナルセンター(NHO/NCNP)病院が中心となってALS医療の研究を続け, さらに周辺地域に療養システムを構築することが必要である. 進歩する医療技術の影には重要且つ難しい論議が等閑に伏されている. その中には法的未整備な問題もあり, 十分論議を尽くして社会の理解を得て整備すべき時にきている.

筋萎縮性側索硬化症amyotrophic lateral sclerosis(ALS)はいうまでもなく政策医療で取り組むべき主要な疾患である. ALSは未だその原因が特定されず, 緩やかであるが確実に進行し, 根本的な治療法はもちろん,進行をくい止める手段も確立されていない. しかも病気の進展とともに, 摂食嚥下, 発語, 呼吸が障害され, 手足の自由も奪われて意思表示の手段を失い, 自由と尊厳が脅かされる. このALS医療に露呈するさまざまな問題は, 純粋に医学的な問題に留まらず, 長期療養の場の確保, 社会支援体制の整備, 社会資源の確保など社会医学的な諸問題, 加えて法的未整備の問題が含まれる. 本号では特にALSにおける緩和医療が今後どうあるべきか現状と将来展望をエキスパートの先生方に執筆をお願いした. I) ALSの経過に沿った緩和医療WHOの規定(1990年)によれば, 緩和医療とは「根治的治療手段の無くなった患者に対する積極的全人格的対応active total care」であるとされている. そこでは, 痛みのコントロールやその他の症状, 心理的, 社会的, 魂即ち生きざまの問題が対象となる. そのゴールは, 患者と家族のquality of life (QOL)であるとされ, さらに1993年の細則では, active total careを規定し, それは, 生きることの尊重, 死にゆく過程への敬意を軸にして, そこでは死を早めることにも, 遅らせることにも手をかさず, 臨終まで積極的に生きることへの支援を行うとされた.
近年, D.Oliverらの著書「Palliative Care in Amyotrophic Lateral Sclerosis」11では, ALS医療は患者と家族に対する緩和医療が中心であること, 病名告知から死にいたる全過程で緩和医療が実践されるべきであること, そのためのevidence based guideが必要になること, そして, あらゆる職種の参画が求められることが示された.
ALSの緩和医療では経過を通してポイントとなる4つの時期が存在する. 第1のポイントは, 病名告知とその直後である. ここでは絶望, 希望, 戸惑い, 受容といった心理過程を彷復う. セカンド(2nd)オピニオンが重要な働きをする時期である.第2のポイントは病名確定後の療養の時期, ここでは,気管切開や人工呼吸器の選択を迫られる. とくに, 呼吸器を選択する場合としない場合ではその後の生き方に大きな違いが出て来る. 呼吸器を選択しないと決心された方にとっては, 自由, 尊厳, ホスピスといったことが主題になる. しかし, わが国ではALSのような神経難病のホスピス運動は殆ど手付かずの状態で, まさにこれからの課題である. 一方, 呼吸器を選択された方にとって
もその後の人生は容易ではない. 職業, 家庭, 身体, 精神面など実に様々な問題が日々に発生し, 多面的なケアと支援の体制整備が求められる. 具体的には呼吸と嚥下・栄養の問題身体機能, 不安, うっ, 発語と会話, コミュニケーション手段, 更に性的な問題などである.
そして, 第3ポイントは, 主に人工呼吸器を選択された方々に訪れる全とじこめ症候群total locked-in syndrome(TLS)から終末期に至る時期である. ここでは様々な身体合併症, そして介護者に生じる様々な変化, そして無動が支配する状態(TLS)をどう生き抜くのか, まさに生命への畏敬と尊厳が大きな主題になる.第4ポイントは, 患者の死後あとに残された家族への心理支援である. この時期の医療的整備は我が国では未だ殆ど手付かずの状態である. ALS医療においてもこれからの分野である.


ALS医療相談室:国府台病院における実践

ALSにおいては, 診断が確定し病名を告げられた時から緩和医療が始まるとの認識を持たなければならない.
病名をただ伝えればよいというものではない. 伝え方が問題である. 実際現実には多くの患者や家族が病名告知のあと苦悩に曝されている2)3). ALSの病名告知は告げる医療スタッフにも戸惑いと苦痛がある. その現場に立たされるとどんなに経験のあるベテラン医師でもどう告げたらよいか多いに悩む. この場合, 私自身が心掛けている2つの原則がある. 1つは, その患者と何らかの形で気脈が通じていること, その人の仕事, 出身地, 趣味など, その人の人生の一端に心を動かし共感することが大切である. 2つ目は先程とは逆に職業人として患者とは節度ある一定の距離を維持しなければならない. 患者が示すどのような態度をも受け入れ, その上で客観的に適切なアドバイスができるようにすることである. あくまでも当事者である患者中心に考え, 患者の自己決定を助けるという態度が大切である. 患者が病気を受容できるまでには時間が必要である. この時, 質のよい2ndオピニオンに出会うことがきわめて重要で, 最初の告知よりも2ndオピニオンが決定的になることすらある.
国府台病院の場合, 家族をALSで亡くされた2人の相談員(ボランティア)の方の同席の中で, 患者, 家族,時に地域の医療スタッフが集まって1人に1時間程度の時間を掛けて, 1-2カ月に1回の割で相談を受けている. 私が心掛けていることは, 最初に告げた先生もつらい気持ちでいることを説明し, その先生との縁を切らないように説得し, 最初の先生と私の両方を頼るように申しあげている. 多くの人々があなたに関心を持っていること, 皆が決して見放していないことを理解して頂くよう説明に務めている. 何度かの語らいの中から患者も落ち着いた気持ちになり, 身に降り掛かった事態を理解しようとされる. 家族も同様に戸惑い悩んでいるが, そのために生じていた患者と家族の間の心理的ギャップが次第に埋まってくる. このようにして信頼関係が構築されてくる経過の中で今後に予想される様々な事態, 特に人工呼吸器のこと, ALS医療の現状, ALSを取り巻く未解決の問題, 多くの方々がそのような中で希望をもって生き抜いていること, これまでに多くのALS患者が示された決断と知恵など事例を通して説明し, つまるところ自分自身の決心と決定が如何に大切であるかをお話ししている. そのような語らいの過程で国府台病院でも事前指示書を作成し, 今後の医療に本人の意志が尊重されるよう環境を整えている. 事前指示書は私はこうありたいという患者主体の意思表明書面であり, 現行の我が国の法律の範囲での約束事である. 前向きの効果としては, このような書面を目前にされると現実味のない様子であった家族も事態の切迫を意識され, 患者に対する深い思いやりを示されるようになり, 家族の絆, 団結が急速に高まる. 最近の事例では, この事前指示書を作成することにより, 主たる介護者であった娘さんの不安がすっかり解消し, これまでともすると曖昧であった近未来の自分達家族の来るべき状況について予測も建てられるようになり, その派生的効果としてそれまで先伸ばしになっていた婚約の話もまとまった, という例もあった. このようなALS医療相談室は全国どこにでもある訳ではないが, 若い医師がこのような実践に参加し,ALS医療を学びとって行くことが大切である.

引用:IRYO Vol.59 No.7 (347-352) 2005.7