排痰において体位排痰法に用いられる体位での咳嗽力や呼吸機能を把握することが重要と考えられる。
 本研究の目的は,有効な咳嗽体位を検討するために,若年者と高齢者で腹臥位の呼吸機能を計測し,背臥位,座位と比較すること,および若年者と高齢者の呼吸機能の特性を明らかにすることである。

対象と方法
 対象は,20歳代の若年成人20名,65歳以上の地域在住高齢者16名であった。
 方法として測定は座位,背臥位,腹臥位の3体位とした。臥位の測定の際はポータブル診療ベッドを使用。このベッドには穴の開いた付属の枕があり,腹臥位での計測が可能である。体位は以下のように規定。
呼吸機能測定
①努力性肺活量測定、1秒量(FEV1)および1秒率(FEV1%)を臨床指標とした。
②呼吸筋力測定、最大吸気口腔内圧(PImax)と最大呼気口腔内圧(PEmax)を測定した。
③咳嗽力測定、咳嗽時の最大呼気流量(PCF)を測定した。

今日は方法までを記載致します。
神経筋疾患では座位等の決められた肢位が困難であることがあり、今回の文献は参考になるのではと考えています。
詳細は下記または本文献をご覧ください。
結果・考察は後日記載致します。

腹臥位が高齢者の呼吸機能に及ぼす影響―有効な咳嗽体位の検討―
鈴 木 健 太  Yamagata Journal of Health Sciences, Vol. 14, 2010

緒言
 急性呼吸不全症例や寝たきり状態の高齢患者は体位が背臥位に制限されることが多く,重力の影響で背側に気道内分泌物などが貯留して下側肺障害(dependent lung injury)を起こしやすい。下側肺障害を起こしやすい肺区域は主に上―下葉区(Superior segment;以下S6)と後肺底区(Posterior basal segment;以下S10)である。これに対する治療手段の一つとして体位排痰法が用いられる。
 体位排痰法は重力を用いて気道内分泌物の移動を促す治療法で,分泌物のある肺区域の区域気管支を垂直に近い体位をとらせることで末梢の分泌物を中枢気道へ移動させる方法である。下側肺障害を起こしやすいS6とS10の排痰体位は腹臥位である。体位排痰法を実施して末梢の分泌物を中枢気道へ移動させることは可能であっても,気管挿管されていない場合は,中枢気道からの分泌物を最終的に喀出するには咳嗽が必要である。
 咳嗽は3相に分類される。第1相は吸気相で,深く吸い込む相である。第2相は圧迫相で,声門の閉鎖および肋間筋群と補助呼気筋群,それに腹筋群の強力な収縮によりなる相である。第3相は排除相で呼吸補助筋が収縮している間,突然声門を開き肺内の空気を一気に呼出させる相である。これらより咳嗽には十分な吸気量と呼気流量が重要であり,呼気流量は吸気量と呼気筋力の影響を受ける。したがって,体位排痰法に用いられる体位での咳嗽力やこれに影響する呼吸機能を把握することが重要と考えられる。
 一方,肺活量や呼吸筋力,咳嗽力といった呼吸機能測定は原則的には座位または立位で行われる。体位と肺活量に関する報告はMorenoらやVilkeらが若年者を対象に座位,背臥位,腹臥位の3体位で肺活量を計測している。しかし,腹臥位での肺活量の報告は若年者のみであり,高齢者を対象とした報告は見あたらない。また,体位と呼吸筋力,咳嗽力に関する報告は対象者が若年者のみである。下側肺障害の治療でとらせる腹臥位で計測した報告は若年者,高齢者ともに見あたらず,中枢気道からの分泌物を喀出するための咳嗽が腹臥位で有効かを調査する必要がある。
 急性期の治療で腹臥位をとらせた時の呼吸機能は,人工呼吸器管理中または患者の協力が得られないため計測を実施できず不明である。さらに,健常者においても腹臥位での肺活量の報告は対象者が若年者に限られ,腹臥位での呼吸筋力,咳嗽力の報告は若年者,高齢者ともに検索できなかった。従って,健常者を対象に腹臥位の呼吸機能の基礎データを収集する事により,臨床場面で呼吸器合併症の予防や治療を行う際に役立ち,有効な咳嗽体位を検討できると考える。本研究の目的は,有効な咳嗽体位を検討するために,若年者と高齢者で腹臥位の呼吸機能を計測し,背臥位,座位と比較すること,および若年者と高齢者の呼吸機能の特性を明らかにすることである。
対象と方法
1 . 対象
 対象は,20歳代の若年成人20名(男性10名,女性10名,平均年齢22.1 ± 1.9歳),65歳以上の地域在住高齢者16名(男性7名,女性9名,平均年齢71.3 ± 4.6歳)であった。
 地域在住高齢者はA町内会主催の健康増進事業の参加者から対象者を募集した。除外基準は肺疾患のある人,高血圧,不整脈,心不全などの既往があり,医師から運動を制限されている人,円背や腰痛により計測中に継続して腹臥位保持が困難な人,漏斗胸,鳩胸等の胸郭変形のみられる人である。対象者には事前に書面および口頭にて研究
目的,方法を十分に説明し,書面にて同意を得た。
2 . 方法
1 ) 測定体位
 測定は座位,背臥位,腹臥位の3体位とした。臥位の測定の際はポータブル診療ベッド(Table Care;Custom Craftworks社製)を使用した。このベッドには穴の開いた付属の枕があり,頭部を正中位に保った状態で呼吸機能の計測が可能である。体位は以下のように規定した。
座 位:アームレストのない椅子に座り両手は大腿部においた。背もたれは使用せずに胸を張るように指示した。
背臥位:両上肢は体側,両下肢はまっすぐに伸ばすよう指示した。
腹臥位:付属の枕に顔をうずめ,両上肢は体側,両下肢はまっすぐに伸ばすよう指示した。

2 ) 呼吸機能測定
 肺機能と呼吸筋力の両方を測定可能な多機能電子スパイロメータ(マルチファンクショナルスパイロメータHI- 801;チェスト社製)を使用し,以下の測定を行った。

①努力性肺活量測定
 努力性肺活量(forced vital capacity;以下FVC)を計測し,1秒量(forced expiratory volume in one second;以下FEV1)及び1秒率(forced expiratory volume in one second(%);以下FEV1%)を評価指標として用いた。
 本研究では,肺活量(vital capacity;以下VC)の計測は行わずFVCの計測のみ行った。理由として,FVCは健常人ではVCとほぼ同じ値をとること,FVC測定から1秒率(FEV1%= FEV1/ FVC×100(%))を算出して閉塞性換気障害の有無を確認できること,測定回数が少なくてすむため対象者の負担を軽減できることが挙げられる。
 努力性肺活量測定は,American Thoracic Society(以下ATS)の基準に従い,FVCは安静呼吸の安定後,最大吸気位まで吸気を行わせ,最大限の力で一気に努力呼気をさせて最大呼気位まで呼出させた時の肺気量を測定した。
最低6秒以上呼気努力を続け,最低2秒以上呼気量が変化しないことを確認する。FEV1はFVC測定時に同時に測定可能であり,最大努力呼気開始から最初の1秒間に呼出される肺気量を測定した。得られたFVC,FEV1はATSの基準に従い3回の測定の最大値を使用した。
②呼吸筋力測定
 最大吸気口腔内圧(maximal inspiratory pressure;以下PImax)と最大呼気口腔内圧(maximal expiratory pressure;以下PEmax)を測定した。
 呼吸筋力測定は,BlackとHyattの方法に従い,PImaxは最大呼気位から行う最大吸気時の口腔内圧を測定し,PEmaxは最大吸気位から行う最大呼気時の口腔内圧を測定する。少なくとも1.5秒間圧を維持し,1秒間維持できた最大圧を用いた。得られたPImax,PEmaxはBlackとHyattの方法に従い3回の測定の最大値を使用した。
③咳嗽力測定
 咳嗽力の指標として咳嗽時の最大呼気流量(Peak Cough Flow;以下PCF)が用いられており,これを測定した。
 咳嗽力測定は,安静呼吸の安定後,最大吸気位まで吸気を行わせ,最大限の力で随意的な咳嗽を行った時の呼気流量を測定した。
 使用したベッドの付属の枕は穴が開いているため,ベッドの下から測定用センサーとマウスピースを接続し,頭部を正中位に保ったまま測定することが可能である。
 体位の順番はランダムとした。3体位で各測定を3回実施した。疲労が影響しないように3回の計測の間及び体位変換時に十分な休息時間を設け,体位変換後は心肺機能が安定するまで5分間の安静時間を設けた。
3 ) データ処理
 実測値は以下の予測式をもとに%予測値に変換した値を用いた。
FVC,FEV1:日本呼吸器学会肺生理専門委員会が報告した予測式
FVC(L)
 男性:0.042×身長(cm)- 0.024×年齢(歳)- 1.785
 女性:0.031×身長(cm)- 0.019×年齢(歳)- 1.105
FEV1(L)
 男性:0.036×身長(cm)- 0.028×年齢(歳)- 1.178
 女性:0.022×身長(cm)- 0.022×年齢(歳)- 0.005
PImax,PEmax:鈴木らの予測式
PImax(cmH2O)
 男性:45.0- 0.74×年齢(歳)+ 0.27×身長(cm)
    + 0.60×体重(kg)
 女性:- 1.5- 0.41×年齢(歳)+ 0.48×身長(cm)
    + 0.12×体重(kg)
PEmax(cmH2O)
 男性:25.1- 0.37×年齢(歳)+ 0.20×身長(cm)
    + 1.20×体重(kg)
 女性:- 19.1- 0.18×年齢(歳)+ 0.43×身長(cm)
    + 0.56×体重(kg)
 PCFは現在のところ予測式が確立していないため実測値を用い,3回の測定の最大値を使用した。
3 . 統計解析
 統計処理にはSPSS 16.0Jを使用した。
1 ) 体位の違いによる差の検定
 全計測値の正規性をShapiro-Wilk検定で確認し,正規性が認められた場合は反復測定分散分析を用い,Tukey法で多重比較を行った。正規性が認められない場合はFriedman検定を用い,Bonferroni法で多重比較を行った。有意水準は5%とした。
2 ) 若年者と高齢者の差の検定
 Shapiro-Wilk検定により正規性が認められたものに対してはt検定を用い,正規性が認められないものに対してはMann-Whitney検定を用いた。どちらも有意水準は5%とした。

引用:Yamagata Journal of Health Sciences, Vol. 14, 2010