重度ALS患者30名の依頼要求を明らかにする目的で、呼び出し回数、対応総数と自己身体感、性格傾向、不安感についてBIAT、Big Five、STAIを用い分析した。その結果、ボディイメージの低下、情緒不安定、不安傾向を認めた。

以上、後半は次回記載致します。
この間でました、作業療法士の学会誌からの抜粋です。
詳しくは下記または本文献をご覧ください。

ALS在宅療養者の依頼要求と自己身体感、性格傾向、不安度の関連
南雲浩隆 作業療法30 : 539~551, 2011

はじめに
全身の身体機能低下が著明で、ベッド臥床状態にあるALS患者は、通常では我慢できる訴えや気持ちが抑えられず、一時的に繰り返し要求を行う情動制止困難など情動面の変化がみられる事があり、この現象の原因には不安の要素が関連していると考えられている。また、このような執着的な反復行為から、自己の身体感覚の障害として身体のカセクシス(カセクシスとは精神分析学の概念で、精神的エネルギーが特定の感情や思考、身体などの対象に注がれること)と関連性があるのではないかと思われる。しかし、その根幹には心理的因子、身体的要因に加えて、性格傾向の原因が潜在していると考えられる。したがって、複数の因子が一定の条件を満たした時に、身体に対して極端な興味や関心、意識の集中と過敏な反応、一般的に些細と思われる事柄に対して固執するなどの減少が発現するものと過程を立てた。臨床場面では特に自己の身体部位の位置調節に執着するがために、呼び出しチャイムによる頻回の依頼要求がみられ、対応に苦慮する事が多い。本研究では、依頼要求の原因に結びつく要因を明らかにするため、ALS患者から依頼要求として呼び出し回数、身体などへの対応総数について調査するとともに、自己身体感、性格傾向、不安度に着目して分析を行った。さらに、ALS患者の呼び出し回数、対応総数に結びつく要因との関連から対応の方策について検討した。

研究の概要
1.対象
対象は、H20.5.1.~H20.8.31.にS病院が在宅支援を行ったALS患者のうち、訪問作業療法を受けた療養者、または入院歴のある在宅療養患者、男性18名、女性12名の計30名である。被験者の重症度分析は、旧厚生省のALS重症度が7、またはALS特定疾患意見書による重症度は5のADL全介助レベルで、PEGによる非経口栄養摂取、あるいは人工呼吸器による呼吸管理を要する最重症度の患者であった。平均年齢は58.9±10.8歳、ALS確定診断後期間の中央値(範囲)が62.0カ月(11.0~317.0)、人工呼吸器使用者の装着期間は中央値は28.0カ月(0~172.0)、TPPV使用者が23名、NPPVマスクの使用者は5名、PEGのみ使用が2名で、人工呼吸器使用後の療養生活期間の中央値は26.0カ月(3.0~172.0)であった。さらに、在宅生活における1日当たりの人的介入・支援の導入時間(1週間の訪問リハ・診療・看護・介護などの総合計時間を1日に換算)の中央値は3.6時間(0.4~22.6)である。
2.方法と内容
調査は、本調査用に作成した主たる介護者などによる依頼要求チャック表の記載から、依頼要求として“1時間あたりの呼び出し回数”(呼び出し回数/h)と、身体などへの“1時間当たりに対応した総数:1回の呼び出しに対する1回以上の要求回数”(対応回数/h)について調査した。この依頼要求チェック表への記入は、起床から就寝までの時間帯で行った。この時、外出、入浴といった臥床状態からの離脱や体調不良の日を避けた1日について測定した。なお回数には、介護者が本人の依頼なしに行う定時の水分・栄養補給、到着は含まれていない。また、被験者には身体的な要因・性格要因・不安度の指標となる3種類の標準化された既存の質問紙検査を実施して、ボディイメージ・アセスメントツール(BIAT)から自己身体感、主要5因子性格検査(Big Five)から性格傾向、日本語版STAI:状態―特性不安検査(STAI)から不安度を調査した。このうちBIATの配点のみが程度の強いほど低得点であり、本研究では便宜的に質問紙の尺度の程度が大きいほど高得点になるよう、得点を逆転し統一使用した。これらの質問紙検査の実施は、非検者宅において全てを同一検者が行った。
3.分析方法、および統計処理
依頼要求チェック表から、離床から就寝までの呼び出し回数/hと対応総数/hを集計した。また、相互の関連性や因子の特定を行うために呼び出し回数/h、対応総数/hがBIAT、Big Five、STAIの下位12項目と、どのような相関にあるかSpearman順位相関係数を算出して、呼び出し回数/h、対応総数/hに関連する要因を特定した。続いて、BIAT、Big Five、STAIの下位12項目において探索的因子分析を行い、変数間の相関の高い項目同士をまとめている構成概念を分析して、変数と因子との関連を確認した。因子分析はイメージ因子法を用い、固有値1以上の因子を採用し、因子負荷量は0.40以上を基準とした。最後に、呼び出し回数/h、対応総数/hのそれぞれを従属変数とする、ステップワイズ法の重回帰分析を実施して、影響を与えている要因を特定し、下位12項目による推定が可能か分析した。

結果
1.呼び出し回数/h、呼び出しの時間間隔(分)および対応総数/h
起床から就寝までの平均は、呼び出し回数/hが2.19±0.78回、呼び出しの時間間隔は27.40±17.00分であった。また、対応総数/hの平均は4.11±1.55回であった。
2.呼び出し回数/h、対応総数/hとBIAT、Big Five、STAIの下位12項目の相関
下位12項目の平均値の特徴は、⑨情緒安定性Nが40.0と世代別標準得点との比較から、“神経質・不安で、情緒的に不安定な傾向”がみられ、情緒安定性が低い状況であった。またSTAIを中里らによる健常成人(n=924)と比較すると、特性不安が平均36.6に対して42.8、状態不安は平均38.8に対して46.1と共に高得点であり、被験者群の高い不安状況が確認された。さらに、呼び出し回数/h、対応総数/hと下位12項目間の相関は、呼び出し回数/hにおいて、有意水準5%未満の相関は認めず、⑨情緒安定性Nのr=0.28が最高値であった。また対応総数/hは、5%水準で有意な相関が⑨情緒安定性Nとr=0.44の正の相関、④身体コントロール感の低下とr=-0.38の負の相関がみられた。したがって対応総数/hは、⑨情緒安定性Nの“穏やかな・安定した・満足した”性格傾向が強い時や、④身体コントロール感の低下という“自身の身体をコントロールしている感覚”が良好なほど、対応総数/hが増加する関係が確認された。なお、呼び出し回数/hと対応総数/hは、r=0.50と1%水準で有意な正の相関がみられた。
BIAT、Big Five、STAIの下位12項目間の相関は、⑩知性OがBigFive下位4項目間全てと正の相関があり、相互に影響を及ぼしているとともに、BIAT下位3項目の①身体カセクシスの混乱、④身体コントロール感の低下、⑤身体尊重の低下と負の相関を認め、身体尊重が低下すれば情緒が不安定になりやすい傾向が認められた。さらに、⑩知性Oは⑧勤勉性C、⑥外向性E、⑨情緒安定性N、①身体カセクシスの混乱と、⑤身体尊重の低下、④身体コントロール感の低下、⑦協調性Aの順で相関が高い状況であった。そして、STAIの相関から、⑫特性不安の生来的な不安が強ければ身体尊重の低下を来たしやすく、情緒が不安定になりやすい傾向が確認された。

3.因子分析によるBI`AT、Big Five、STAIの下位12項目の関連と構成概念
3因子によるバリマックス法から、⑤身体尊重の低下の因子負荷量が2因子間で0.40以上となり、斜交回転による直接オブリミン法を行った。すると、因子間の相関はより正の低値となり、さらに単純構造を呈し妥当な結果と判断した。
因子の解釈は、第Ⅰ因子は負の因子負荷量を示し、⑩知性Oが-0.86最大であった。続いて⑧勤勉性Cが-0.72、⑥外向性Eは-0.60、⑦協調性Aで-0.42となり、第Ⅰ因子の知的な要因を“知的側面”と解釈した。第Ⅱ因子の因子負荷量は、③身体の離人化が0.84、④身体コントロール感の低下は0.77、②身体境界の混乱で0.44の順となり、これらが身体の間隔を総称する項目から“身体的自覚”と解釈した。
また、第Ⅲ因子は⑫特性不安が-0.74、⑨情緒安定性Nは-0.52、⑪状態不安は-0.44、⑤身体尊重の低下で-0.43の4項目で、主に感情における不安と情緒の側面と身体尊重の項目から“情緒的側面と身体尊重”と解釈した。更に、第Ⅰ因子はすべてBig Fiveの下位項目、第Ⅱ因子はBIATの下位項目であり、Big Fiveの残った下位項目の⑨情緒安定性NとBIATの⑤身体尊重の低下が、伴に第Ⅲ因子の“情緒的側面と身体尊重”の因子項目に移動した。そして、BIATの①身体カセクシスの混乱の因子負荷量は、最高でも第Ⅱ因子の0.37止まりで残余項目となった。
因子負荷量からは、第Ⅰ因子は⑩知性Oの“知性的・分析的”という性格傾向は、⑧勤勉性Cの“計画性のある”要素と関連が最大で、続く⑥外向性Eの“外向的・活発な”性格特徴と関係が強い状況であった。
また、第Ⅱ因子のBIATの因子負荷量は、②身体境界の混乱の因子負荷量が0.44と上位2項目と比較して低値であった。さらに、第Ⅲ因子は、3種すべての質問紙の下位項目から構成されていた。
4.呼び出し回数/h、対応総数/hに対する、BIAT、Big Five、STAIの下位⑫項目による重回帰分析
対応総数/hは⑨情緒安定性Nが投入され、決定係数(R2)は0.158(p<0.05)と5%水準で有意だった。このとき、標準偏回帰係数β=0.40(p<0.05)と⑨情緒安定性Nが有意な正の影響を及ぼしており、対応総数/h=1.66+(0.05×⑨情緒安定性N)の単回帰式による推定が可能であった。
さらに、臨床的な要因を特定するため因子分析で得られた結果から、自己身体に対する自覚や知性、影響があると考えられる身体カセクシスの混乱がどの程度関与しているか重回帰分析を行った。すると対応総数/hは、⑨情緒安定性Nに続き第Ⅰ因子の知的側面である⑥外向性Eを投入するとR2=0.24、続いて第Ⅱ因子④身体コントロール感の低下を3番目の独立変数として加えるとR2=0.277と増加した。最後に残余項目の①身体カセクシスの混乱を追加しR2=0.283と最大であった。したがって臨床的な重回帰式は、対応総数/h=1.75+(0.03×⑨情緒安定性N)+(0.04×⑥外向性E)+(-0.13×④身体コントロール感の低下)+(0.03×①身体カセクシスの混乱)により推定可能であった。このとき対応総数/hの標準偏回帰係数に、有意水準5%未満の下位項目はなかったが、①身体カセクシスの混乱が0.09と最小で最も影響を与えている要因であった。

引用:作業療法30 : 539~551, 2011