ブログの更新がしばらくできずに申し訳ありませんでした。
気胸で入院/手術となってました。

本日はALSの開眼失行の紹介です。

開眼失行で発症し、特徴的な認知的機能低下を伴い、両側前頭葉の萎縮と同部の血流低下を認めたALS-D/FTLD-MNDの一例を経験したので報告する。

症例
76歳 男性
主訴;開眼困難、言葉が出にくい
既往歴:高血圧、気管支喘息にて近医通院中
家族歴:特記事項なし
現病歴:2009年3月頃より、両眼の開眼が困難な様子を家人に指摘されるようになった。同年4月下旬ころより発語が聞き取りづらくなったことを家人に指摘され、同年7月に、当科に入院した。
 神経学的所見:病識は欠如し、多幸的であった。HDS-R16/30、MMSE17/30、FAB4/18。滞続言語・非流暢性発語・自発語の減少・喚語困難がみられた。また、書字は助詞が乏しく、字性錯書・類音性錯読をみとめた。強制把握、強制泣き笑いなど前頭葉徴候をみとめた。
開眼を命ずると、眼裂は両側で数十秒かけてゆっくりと4~5mmまで開き、呼びかけや驚きにより、9~10mmまでの開眼を確認できた。自発・随意運動乖離をみとめることから、開眼失行と診断した。
随意的な開眼は困難であり、手を用いて眼瞼を挙上することが習慣となっていた。
閉眼は敏速であった。開眼に先行して皺眉筋や眼輪筋の収縮はみられなかった。


症例の概要だけでもつかんで頂ければと思います。
詳細は下記または引用文献をご覧ください。


開眼失行を呈した筋萎縮性側索硬化症/前頭側頭葉変性症の1例
矢島隆二  臨床神経:2010 ; 50 : 645-650

はじめに
運動ニューロンの選択的変性症と考えられた筋萎縮性側索硬化症(ALS)の一部に認知症を伴うことが認識されるようになり、現在ALS-Dとよばれている。一方、変性性認知症である前頭側頭葉変性症(frontotemporal lobar degeneration : FTLD)の一部に運動ニューロン症状を伴う一群が存在し、これらはFTLD-MNDとよばれる。近年の分子生物学的知見より、FTLD-MNDにおけるユビキチン陽性タウ陰性封入体の主要構成蛋白がTAR DNA-binding protein of 43kDa(TDP-43)であることが明らかとなり、FTLD-TDPと位置付けられるようになった。また、ALSに出現するskein-like inclusionもTDP-43が構成蛋白であることがわかり、ALSとFTLDの分子病態機構の相同性が注目されている。そこで本論文では、運動症状と認知症の両者を示すことを明らかにするために、ALS-D/FTLD-MNDと両者を併記する。
 開眼という行為を了解しているが、閉眼した状態から随意的に開眼することが困難である一方、転倒しそうになると眼が開き、自動運動との乖離がみられる状態を開眼失行とよぶ。今回われわれは、開眼失行で発症し、特徴的な認知的機能低下を伴い、両側前頭葉の萎縮と同部の血流低下を認めたALS-D/FTLD-MNDの一例を経験したので、文献的考察を加えて報告する。

症例
76歳 男性
主訴;開眼困難、言葉が出にくい
既往歴:高血圧、気管支喘息にて近医通院中
家族歴:特記事項なし
現病歴:2009年3月頃より、両眼の開眼が困難な様子を家人に指摘されるようになった。同年4月下旬ころより発語が聞き取りづらくなったことを家人に指摘され、同年7月に、当科に入院した。
一般的理学所見:身長155.4cm、体重57.4kg(2ヵ月間で約6kgの減少)、体温36.8度、血圧110/60mmHg、脈拍75/分整、SpO2 93%、聴診上両肺でwheezingを聴取した。
 神経学的所見:意識は清明であるが、病識は欠如し、多幸的であった。HDS-Rは16/30、MMSEは17/30であり、とくに計算、数字の逆唱、語想起、遅延再生での減点がめだった。本例は失語を伴い。誤答はその要因によらず減点とした。Frontal Assessment Batteryは4/18であった。新しい質問に対し、以前の質問の返答をくりかえす滞続言語をみとめた。努力性で失構音をともなう電文体の非流暢性発語や自発語の減少を認め、喚語困難を伴っていた。一方、二語文の理解と日常会話の聴理解は概ね保たれていた。以上より、Broca失語と判断した。また、書字は助詞が乏しく、電文長であり、“リハビリ”を“リハサル”と書くなど字性錯書がめだつ一方で、“小豆”を“こまめ”と読むなどの類音性錯読をみとめた。強制把握、強制泣き笑いなど前頭葉徴候をみとめた、瞳孔は左右同大、対光反射は正常で眼球運動制限は認められなかった。開眼を命ずると、眼裂は両側で数十秒かけてゆっくりと4~5mmまで開き、呼びかけや驚きにより、9~10mmまでの開眼を確認できた。自発・随意運動乖離をみとめることから、開眼失行と診断した。随意的な開眼は困難であり、手を用いて眼瞼を挙上することが習慣となっていた。閉眼は敏速であった。開眼に先行して皺眉筋や眼輪筋の収縮はみられなかった。両側軟口蓋の挙上不良、催吐反射陰性、構音障害、嚥下障害をみとめた。挺舌は可能で、舌の軽度萎縮がみられ、線維束性攣縮は認めなかった。全身に軽度の筋に縮がみられ、四肢で線維束性収縮を認めたが、筋力低下は認めなかった。口尖らし反射は陽性で、下顎反射を含め、四肢腱反射は亢進し、病的反射も四肢で陽性であった。感覚系、自律神経系は異常を認めなかった。
検査所見:一般血液検査ではCKが339IU/lと軽度高値である以外は異常所見はなく、抗アセチルコリンレセプター(Ach-R)抗体、および抗筋特異的チロシンキナーゼ(MuSK)抗体は陰性で、甲状腺機能は正常であった。吸気/呼気位で比較した胸部レントゲンで横隔膜の動きが乏しく、血液ガス分析はpH7.437 , PCO2 38.9mmHg , PO275.2mmHg , HCO3 25.6mmol/lと軽度の低酸素血症を認め、呼吸機能検査は%VCが71.3%と低下していた、FEV1.0%は支持理解が困難のため評価不能であった。嚥下造影検査(VF)では明らかな誤嚥は認めなかった。頭部MRIでは、特に前頭葉穹隆部を中心に両側前頭葉有意で両側頭葉に及ぶ萎縮とT2協調が続およびFLAIR画像で両側前頭葉有意に大脳半球深部白質の広範な高信号変化をみとめた。TcECD SPECTでは両側前頭葉前部、側頭葉前部、海馬傍回前部に左右対称性のいちぢるしい血流低下を認めた。針筋電図では舌と右上腕二頭筋で行い、いずれも神経原生変化をみとめた。エドフォニウム試験は陰性で、低頻度反復刺激誘発筋電図でもwaningはみとめなかった。
入院後経過:自発性の低下がより顕在化した一方で、排便前に必ず病棟を徘徊するなど常同行動もみられるようになった。常同行動に対し、選択的セロトニン再取り込み阻害薬(SSRI)のフルボキサミンマレイン酸塩を25mg/日から開始し、50mg/日まで漸増したところ、常同行動の改善のみならず、開眼失行にも軽度改善がみられた。しかしBroca失語の進行をみとめ、入院時には日記をつけていたが、1ヵ月間で筆談もできなくなった。一方で四肢筋力の低下はみとめなかった。入院初期のVFでは明らかな誤嚥はみとめなかったものの、その後嚥下障害が顕在化したため、入院約2カ月後に胃瘻を増設し、療養型病院へ転院した。


引用:臨床神経:2010 ; 50 : 645-650