ALSの自律神経機能の報告です。

目的は,筋萎縮性側索硬化症(ALS)の自律神経機能障害を明確にするために,長時間心電図の心拍変動解析によりALS 患者の心・血管系自律神経機能を評価すること.心拍変動による自律神経機能の評価指標として,時間領域解析から算出されるRR 間隔の平均値(RR),RR 間隔の標準偏差(SDNN),隣り合ったRR 間隔の差の二乗の平均値の平方根(RMSSD),周波数領域解析から算出されるパワースペクトルの全領域成分(TF),高周波成分(HF),低周波成分と高周波成分の比(LF/HF)を用いた.ALS 患者11 名の睡眠中の心電図データから求めた
各指標値と健常者の正常値との比較を行った.その結果,SDNN とTF については,ALS 患者群の方が健常者群より有意に低下していた(p<0.05).その他の評価指標については,有意差は認められなかったが(p≧0.05),RMSSD とHF については,6 名のALS 患者が健常者の平均値-1SDより低い値を示していた.また,完全な閉じ込め状態(TLS)に陥ったALS 患者については,LF/HF を除くすべての評価指標が低下していた.

また明日考察を書くので、そちらで。
詳細は下記まはた、本文献をご覧ください。



長時間心電図の心拍変動解析による筋萎縮性側索硬化症の心・血管系自律神経機能評価

品川佳満ら 日職災医誌,58:109─115,2010

はじめに
筋萎縮性側索硬化症(以下ALS)は,運動をつかさどる神経が侵され,筋肉が萎縮してしまう進行性の神経疾患であり,その病因は未だ明らかになっていない難病である.
古くは,自律神経機能には異常がみられないとの研究報告から,ALS では自律神経系は障害を免れると認識されてきたが,近年の自律神経機能検査法の確立と,その成績から自律神経系も異常をきたしていることが示唆されるようになった.中でも,交感神経の機能亢進が数多く報告されていることから,ALS は交感神経機能亢進を中核とする自律神経機能異常が起こるとされている.
これまでALS の心・血管系自律神経機能の評価には,体位変換試験,寒冷昇圧試験,ストレス負荷試験等を行った時の心拍数や血圧を測定する手法,生化学・薬理学的な検査による手法,筋交感神経活動(MSNA)を測定する電気生理学的な手法,MIBG心筋シンチグラフィの画像から視覚的に評価する手法などが用いられてきた.また,この他として心電図のRR間隔の心拍変動解析から自律神経機能を評価する手法が使われてきた.心拍変動解析は,RR 間隔の標準偏差や変動係数などを用いる時間領域解析とスペクトル分析から心拍のゆらぎ成分を算出する周波数領域解析がある.時間領域解析については,いくつかの報告例があるが標準偏差や変動係数が健常者との間で有意差がみられなかった研究と有意差を示した研究があり,結果に相違がみられる.一方,周波数領域解析については,心・血管系自律神経機能の交感神経および副交感神経活動を分別定量化することを可能とした評価方法であるが,周波数領域解析の一部の評価指標を使った報告にとどまったものが多く,心拍変動の時間領域・周波数領域解析両面から総合的に自律神経機能を評価した研究はPisano らによるものだけである.また,周波数領域解析においても研究結果に違いがみられ,Linden らの報告では,低周波・高周波の両成分,Pisano らの研究では両成分を含んだ全領域の成分が健常者群と比較して有意に低下していたが,Hilz らの研究においては両成分,Druschky らの研究では低周波成分に有意差はみられていない.
本研究の目的は,ALS の自律神経機能障害を明確にするために,心拍変動の時間領域解析および周波数領域解析を用いてALS 患者の心・血管系自律神経機能を評価することである.特に本研究では,これまでの研究結果に違いがみられることから,自律神経機能の評価を日内変動等の影響を受けないように,数分間の一時的な計測データからではなく,ホルター心電計を使った長時間測定のデータを用いて行い,その活動状態を明らかにしていく.
方法
1.対象
対象は,心疾患および自律神経機能障害を伴う糖尿病などの疾患がない在宅療養中の男性ALS 患者11 名(平均年齢:61.9±6.9 歳,範囲:49~71 歳,平均罹病期間:8.3±6.1 年,範囲:3~24 年)であった.本研究では,自律神経機能の性差による影響をなくすために被験者を男性に限定した.ALS 患者11 名のうち人工呼吸器を装着しておらず,口(言葉)をとおしたコミュニケーションが可能な者が3 名,人工呼吸器を装着しているが,文字盤やワープロといった道具や電気・電子媒体をとおしたコミュニケーション,または表情やジェスチャーなど身体表現をとおしたコミュニケーションが可能な者が5 名,外眼筋も含めて全ての随意筋群が麻痺してコミュニケーションが極めてとれにくい「完全な閉じ込め状態(totally locked-in state,以下TLS)」に陥った者が3 名であった.
なお,本研究のALS 患者の中で心・血管系自律神経機能への影響の可能性がある治療薬として,睡眠薬の服用が11 名中5 名に認められた.しかし,効果が短時間のものがほとんどであることと,測定が自宅であり倫理・安全面を優先すべきと考えたため,測定時に服用の中止は行わなかった.
健常者のデータについては,性別,年代別,覚醒・睡眠時別に心拍変動解析の正常値(平均値および標準偏差)が書籍『ホルター心電図―基礎的知識の整理と新しいみかた―』により提供されているため,その値を利用した.なお,統計処理の際,本研究の被験者の年齢層にデータを合わせるため,書籍中に記載してある50~59 歳と60~69 歳の健常男性の値を統合し,50~69 歳の健常男性の平均値と標準偏差を算出して本研究で測定したALS患者のデータと統計学的な比較を行った.また,ALS患者と健常者は日中の運動量が明らかに異なるため,覚醒時のデータを含めて解析しては,正しい評価が行えない.そのため,覚醒時のデータは使わず睡眠時のデータのみで比較を行った.
2.測定・記録
就寝前に心電図の電極を装着し(誘導:NASA 及びCM5),ホルター心電計(三洋電機株式会社製)により24時間の心電図測定を被験者の自宅にて行った.また,解析時に睡眠時と覚醒時を区別する必要があるために,脳波計の一種であるBIS モニタ(A-2000:日本光電工業株式会社)のセンサを前額部に装着した.BIS モニタは,おおよその睡眠深度が計測可能であることが確認されており,これによりTLS に陥ったALS 患者についても,睡眠と覚醒の区別が推測可能となる.本研究においては,BIS 値が下降する20 分前から上昇した20 分後までを睡眠時とし,上昇してフラットな状態を覚醒時とした.心電図データはホルター心電計内臓のメモリに,サンプリング周波数150Hz でデジタル保存し,BIS モニタの値はサンプリング周波数0.2Hz でノートパソコンに記録した.
3.データ処理
記録したホルター心電図を波形解析ソフトSpike2(Cambridge Electronic Design Limited)に読み込み,ピーク検出機能にてR 波を認識後,RR 間隔時系列データを抽出した.抽出したRR 間隔時系列データを24 時間RR データ解析プログラムMemCalc_Chiram(株式会社ジー・エム・エス)にて解析した.
4.心拍変動解析による心・血管系自律神経機能の評
価指標
心拍変動解析を利用した心・血管系自律神経機能の評価には,表2 に示した指標を用いた.
時間領域解析の評価指標としては,RR 間隔の平均値(RR),RR 間隔の標準偏差(SDNN),隣り合ったRR間隔の差の二乗の平均値の平方根(RMSSD)を用いた.周波数領域解析の評価指標としては,最大エントロピー法を用いたスペクトル解析から算出されるパワースペクトルの総和(TF:0.0001~0.5Hz),高周波成分のパワー(HF:0.15~0.4Hz),高周波成分と低周波成分(LF:0.04~0.15Hz)のパワー比(LF/HF)を用いた.一般的に,SDNN やTF は自律神経機能全般の活動状態の指標として利用される.また,RMSSD やHF は副交感神経機能,LF/HF は交感神経機能を反映すると考えられている.
5.統計分析
算出した各評価指標を,統計ソフトRを用いて健常者群とALS 患者群についてt 検定により比較した.有意水準は5% とした.図中のグループデータの表示は,平均±標準偏差とした.
6.倫理的配慮
対象者および家族に研究の目的,方法,安全性,秘密保持について文書を提示し,口頭にて説明を行った.また,研究への協力は自由意思であり,測定への参加を受諾した場合でも参加を取りやめることが可能であること,測定途中であっても測定中止が可能であることを伝えた.その後,測定の許可を文書にて得た.なお,本研究は大分県立看護科学大学の研究倫理安全委員会の承認をうけて実施した.
結果
1.時間領域解析
表3 にRR,SDNN,RMSSD の健常者群とALS 患者群の平均値および標準偏差,検定結果(有意確率)を示す.また,図1 にRR,SDNN,RMSSD のグループデータに加えて,各ALS 患者の評価指標値を患者の状態別にプロットした(■=人工呼吸器未装着,▲=人工呼吸器装着,★=TLS).
SDNN は,ALS 患者群の方が健常者群と比較して有意に低下していた(p<0.05).その他のRR,RMSSD はALS患者群と健常者群間で有意差は認められなかった(p≧0.05).しかし,RMSSD については,ALS 患者の11 名中6 名が健常者群の平均値-1SD より低い値を示していた.
患者の状態別からみた各評価指標の傾向としては,人工呼吸器装着の有無別(図中■,▲)では,特に顕著な違いは見られなかったが,TLS のALS 患者(図中★)については,3 名とも時間領域解析のすべて評価指標において健常者群の平均値-1SD より低い値を示し,ALS患者の中でも低下していた.
2.周波数領域解析
表4 にTF,HF,LF_HF の健常者群とALS 患者群の平均値および標準偏差,検定結果(有意確率)を示す.
また,図2 にTF,HF,LF_HF のグループデータに加えて,各ALS 患者の評価指標値を患者の状態別にプロットした(■=人工呼吸器未装着,▲=人工呼吸器装着,★=TLS).
TF についてはALS 患者群の方が健常者群と比較して有意に低下していた(p<0.05).その他の評価指標であるHF,LF/HF はALS 患者群と健常者群間で有意差は認められなかったが(p≧0.05),HF についてはALS 患者の11 人中6 名が健常者群の平均値-1SD より低い値を示していた.
患者の状態別からみた各評価指標の傾向としては,人工呼吸器装着の有無別(図中■,▲)では,特に顕著な違いは見られなかったが,TLS に陥ったALS 患者3 名(図中★)については,LF_HF を除いたTF およびHFは,健常者群の平均値-1SD より低い値を示し,ALS患者の中でも顕著に低下していた.


引用:日職災医誌,58:109─115,2010