昨日の続きです。
QOLの評価と臨床について記載しております。

レスポンスシフトとThen-testについて知らない方は是非みていただきたいです。

本文中の表や図を用いていないので、Then-testについて補足させていただきます。
例)6月にQOL評価(pre-test)を行い、1ヵ月リハビリ、7月に再度QOL評価(post-test)となりますが、7月(Post-test時)に6月(pre-test時)のQOLはどの程度か、7月に行う6月の振り返りのQOL評価(then-test)となります。

気になる方は下記の引用、または本文をご覧ください。前日にも同様の文献の前半部を記載しておきましたので、宜しかったらみてください。


QOL評価
中島孝 Journal of Clinical Rehabilitation Vol.19 No.6 2010.6 P589-596

QOL評価の臨床と問題点
 (1)QOLの代理評価の問題点
 本来QOL評価は患者自身が報告するアウトカムであり,患者の自己評価である.しかし,患者自身にコミュニケーション障害があり,患者自身が報告しえない場合に,家族等が代理評価を行うとどのような問題が起きるだろうか.ALSでの報告はないが,脳卒中患者等では,家族が患者のQOLを代理評価すると本人の評価よりも常に悪く評価することが知られている.在宅患者の介護を行う家族は症状が重症であればあるほど患者のQOLを過小評価する可能性が高いことに気をつけるべきである.
 (2)臨床における一次元的QOL index scoreの算出一標準賭博法,時間得失法,EQ-5Dの問題点
 SF-36やALSAQ-40等のような多次元的QOL評価尺度では一次元的なQOL index scoreは算出できない.QOLを構成する因子としてのドメインのそれぞれの重みは人によって,状態によっても変化すると考えているから加重平均できないのである.しかし,臨床現場ではケアやリハプログラム介入等で実際に患者のQOLを改善したかどうか分析するためには一次元的なQOL index scoreを使うかSF-36等の下位尺度かサマリースコアを使う必要性が生ずる.
 一次元的なQOL index scoreを算出するためのひとつの理論は,期待効用理論である.この前提として,経済的な意味での生命の効用値(utility)を人のQOLと等価のものと考える.評価方法としては時間得失法(time trade off;TTO)と標準賭博法(standard gamble;SG)がある.両者とも完全によい健康状態の認識を1とし,死を0とする.
 TTOの例は「現在の健康状態であなたは,今後10年生きることができるとします.しかし,もし,ある治療を行うと余命は短くなる欠点がありますが,完全によい健康状態になれるとのことです.何年くらいの余命だとしたら,あなたはその治療を選びますか?」と被検者に聞き,X年と答えた場合はX/10がその人のそのときの効用値となる,今の病気が既に十分に重篤で,10年も生きられないと思われる場合は今の状態であっても10年間変わらず生きていけるならそれのほうがよいと考える人もいて,このシナリオでは必ずしもうまくいかず返答ができなくなる場合がある.
 SGの例として被検者に「この治療を選ぶと完全な健康状態になりますが,失敗する危険性があり,失敗すると死んでしまうか,死んだほうがましな状態になります.どのくらいの成功確率pがあればあなたはその治療を選びますか」と尋ね,非検者が答えたp(0から1の値)がその人のそのときの効用値となるものである.しかし,現実の医療では治療選択の意思決定は治療の危険性と重篤度だけで決まるわけではないので,患者はこのシナリオを十分に理解できず返答できない場合が多い.
TTOとSGは他人の病気を健常者が想像して答える場合は容易であるが,臨床現場で患者自身が行うのは難しい.そのようなときのために,Rating scale法があるが,まず,何を測るのかを明確にする必要がある.健康状態を測るのか,生活に対する満足度を測るのかによって得られる数値の意味は全く変わる.数字を書かせたり選ばせたりするのか,視覚アナログ尺度(Visual analogue rating scale;VAS)を使うかによっても相違が出る.ALSの患者や介護者のQOL評価にこのRating scale法が使われることがあるが,必ずしもSF-36の下位尺度と比べて感度がよいとはいえない.Rating scale法のVASとSGの結果は等価のものとはいえず,ALS患者においては, SGはVASとの相関よりALSAQ-40の感情領域との相関が高い.またVASはALSQ-40のADL領域との相関が高いことが報告されている.Rating scale法, SG, TTOには上記のような問題点がある.このため,EQ-5D(EuroQoL)では一般的な人の母集団(n=3,395)に対してVASと3段階評価から成る5項目を答えるデータセットを多変量解析モデルの数量化理論を使い標準化し,EQ-5D indexして,効用値を推測する方法をとる.
しかし,重度のALS患者のEQ-5D indexを評価すると0以下すなわち,死の状態より悪い効用値
を示すため,ALSにおける表面妥当性(surface validity)に問題が起きる.すなわちALS患者の臨床的QOL評価としてこのEQ-5D indexを利用するべきではないと考えられる.一次元的QOL index scoreを求める際にはHammond’s judgement theoryを基にしたSEIQoL-JAまたはSEIQoL-DWを用いることが推奨されている.
 (3)QOL評価を臨床に利用する際はレスポンスシフト現象を考慮するthen-testの重要性
 レスポンスシフト(response shtft)はQOL研究のなかで明らかとなった心理現象である.症状,健康状態,生活を自己評価する際に起きる適応現象と考えられ,QOLのような自分自身に対する自己評価の場合は特に起きやすい.人は生きている限り内的判断基準を常に変化させるために起きると考えられている.レスポンスシフトはどこでも起きる普遍的な現象であり,プラセーボ効果はレスポンスシフト現象として説明可能である.プラセーボ効果とは介入により患者にレスポンスシフトが起き,患者自身の自己評価がよくなり,結果的に病態が改善し,他者による臨床評価も改善する現象である.
 レスポンスシフトは科学上,偽りの変化としてとらえるべきではなく,レスポンスシフトを含めた効果が真の臨床効果であり,それを科学的に評価することが重要である.QOL評価を用いて患者の臨床評価を行う場合は,他の客観評価では経験したことのないような,レスポンスシフト現象が起きることを常に理解しておくべきである.このため,QOL index scoreを使用して臨床介入の効果を評価するためには,pre-test,post-testだけでなく,then-testの評価を行い,実際の介入効果はpre-testとpost-testの差ではなく,then-testとpost-testの差分により評価べきである.pre-testとthen-testの差は実際に起きたレスポンスシフト現象を示す.
 (4)在宅ALS患者と家族のQOL評価
 ALS患者の在宅ケアが成功するために重要なことは患者と家族のQOLがともに改善することである. 後藤は在宅療養中の5人のALS患者と介護者に対してSEIQoL-DW評価を行い,患者の機能低下と患者や介護者のQOLは相関しないと報告した.また,Lo Cocoらの報告では37人のALS患者と家族介護者に対して, SEIQoL-DWとWHOQOL-BREFによるQOL,評価が行われた.必ずしも患者と家族のQOL評価は相関しないし,家族のQOLが低いときに必ずしも患者が重症というわけではないことがわかった.よくある思い込みとして患者の障害が高度だと家族の負担が多いため家族介護者のQOLが低下するという考えや患者のQOLを高めようとすると家族のQOLが下がるという考えはいずれも示されなかった.

引用:Journal of Clinical Rehabilitation Vol.19 No.6 2010.6 P589-596