K、お前、明日から東京さ行ってこい
てなわけで、東海道新幹線、山手線と乗り継ぎ、東京都港区はJR田町駅にやってまいりました。
本日明日と三田NNビルにて開催されます、回復期リハビリテーション病棟協会主催「全職種研修会」への参加です。
研修会なるものは理学療法全国研修会を除くと今回が初めてとなります。学会などではフリーに動くことができるので、時には手を抜いてしまうことも多いですが、研修会になると1つの部屋に缶詰め状態となり、あまり気を抜いていられない状況となります。しかも今回は出張というかたちで来させていただいていますので、ある程度気合を入れて、病院代表として振る舞わないと!と張り切って臨みます。
さて、今回の全職種研修会のテーマは「チーム医療」です。
冒頭の理事会長さんのお話を聞いておりますと、もう何回もこのテーマで研修会を行っているとのこと。現在この業界において必要なものは「チーム力」。非常に力強く、印象的なお言葉でした。
しかし「チーム医療」という言葉は私たちにとって非常に身近といいますか、特に真新しいtopicsではないように感じます。思えば私が理学療法士になろうと夢見た高校時代。高校3年生の時でした。受験勉強に明け暮れ、疲れた頭で、ふと立ち寄ったbook offにて「ブラックジャックによろしく」という漫画を手に取った瞬間が私の人生が決まった時でした。医師ないしは医療職として、かっこよく働きたい…私の理学療法人生のルーツはbook offにあります。
話が少しそれましたが、理学療法専攻の公立大学の受験においててどうしても避けて通れなかったのが面接試験となります。試験では当然大学の志望理由のほか、医療業界に纏わる知識を問われますので、当時はあらゆる対策を立てたものです。
その中で出会った言葉こそ、うろ覚えではありますが、以下になります。
「医療職は医師を中心としたチームを編成し、その中には看護・介護・セラピスト・栄養士・医療ソーシャルワーカーらが含まれる。患者をトータルでサポートするためにはチーム医療は必要となる…」
思い起こすと、私はPTSとなる7年ほど前から、「チーム医療」という言葉を知っていたのです。一般的な用語として当たり前のように存在する概念であり、私のような無知な学生も知っていたわけですし、当時は医療業界における流行語大賞にノミネートされる勢いではなかったのでしょうか。
回復期15年の歴史
本日のお話にて、回復期リハビリテーション病棟の成り立ちや経過を学ぶことができました。当然回復期リハビリテーションに従事する者としては知っておかなくてはならなかったことだとは思いますが、恥ずかしながら基本的なことから、何から何まで、本日は非常に勉強になりました。
回復期リハビリテーション病棟ができたのは、今から丁度15年前となります。
設立当初は数を増やせ増やせと必死であったようです。しかし数の問題はあっという間に解決し、今後は質を高めるようにと。
回復期リハビリテーション病棟は「チーム医療」の理想的なモデルを反映したものであり、チーム医療の礎となる出発点でもあるようです。
思えば私がPTSとして「チーム医療」を知った時といいますのは、15年の歴史の中での7、8年目ですから、回復期リハビリテーション病棟普及の真っただ中、最も理学療法業界にて注目を浴びていた時期なのですね。つまり養成校にて学んでいる時期には回復期リハビリテーション病棟がんばれ時代であったと。当然教員もその風を感じながら臨床と授業を行き来していたのでしょうから、多少なりとも学生であった私もそれを感じ取ったのでしょう。私が就職先を迷わず回復期リハビリテーション病院に絞ることなったのは、まさに時代が私をそうさせたのかもしれません。しかし時代は早いもので、当時私が感じていた回復期リハビリテーションにも変容が求められています。さらに地域包括ケア病棟――パッと見て回復期病院の劣化版ともいえるその施設基準は数年のうちにまたこれも変化するのでしょう。
現在医療業界には強い北西の風が吹いています。これは決して意味のない情報ではありません。地域包括の風。リハビリ関連職種も腕一本、頭一つで病院を離れる風は強さを増すばかりでしょう。
本日は高校・大学の同級生や数多くの同世代のセラピストと交流を持つことができました。
同じフィールドですが、皆異なる考え方を持ち、努力しています。
明日からもまた頑張ります。
てなわけで、東海道新幹線、山手線と乗り継ぎ、東京都港区はJR田町駅にやってまいりました。
本日明日と三田NNビルにて開催されます、回復期リハビリテーション病棟協会主催「全職種研修会」への参加です。
研修会なるものは理学療法全国研修会を除くと今回が初めてとなります。学会などではフリーに動くことができるので、時には手を抜いてしまうことも多いですが、研修会になると1つの部屋に缶詰め状態となり、あまり気を抜いていられない状況となります。しかも今回は出張というかたちで来させていただいていますので、ある程度気合を入れて、病院代表として振る舞わないと!と張り切って臨みます。
さて、今回の全職種研修会のテーマは「チーム医療」です。
冒頭の理事会長さんのお話を聞いておりますと、もう何回もこのテーマで研修会を行っているとのこと。現在この業界において必要なものは「チーム力」。非常に力強く、印象的なお言葉でした。
しかし「チーム医療」という言葉は私たちにとって非常に身近といいますか、特に真新しいtopicsではないように感じます。思えば私が理学療法士になろうと夢見た高校時代。高校3年生の時でした。受験勉強に明け暮れ、疲れた頭で、ふと立ち寄ったbook offにて「ブラックジャックによろしく」という漫画を手に取った瞬間が私の人生が決まった時でした。医師ないしは医療職として、かっこよく働きたい…私の理学療法人生のルーツはbook offにあります。
話が少しそれましたが、理学療法専攻の公立大学の受験においててどうしても避けて通れなかったのが面接試験となります。試験では当然大学の志望理由のほか、医療業界に纏わる知識を問われますので、当時はあらゆる対策を立てたものです。
その中で出会った言葉こそ、うろ覚えではありますが、以下になります。
「医療職は医師を中心としたチームを編成し、その中には看護・介護・セラピスト・栄養士・医療ソーシャルワーカーらが含まれる。患者をトータルでサポートするためにはチーム医療は必要となる…」
思い起こすと、私はPTSとなる7年ほど前から、「チーム医療」という言葉を知っていたのです。一般的な用語として当たり前のように存在する概念であり、私のような無知な学生も知っていたわけですし、当時は医療業界における流行語大賞にノミネートされる勢いではなかったのでしょうか。
回復期15年の歴史
本日のお話にて、回復期リハビリテーション病棟の成り立ちや経過を学ぶことができました。当然回復期リハビリテーションに従事する者としては知っておかなくてはならなかったことだとは思いますが、恥ずかしながら基本的なことから、何から何まで、本日は非常に勉強になりました。
回復期リハビリテーション病棟ができたのは、今から丁度15年前となります。
設立当初は数を増やせ増やせと必死であったようです。しかし数の問題はあっという間に解決し、今後は質を高めるようにと。
回復期リハビリテーション病棟は「チーム医療」の理想的なモデルを反映したものであり、チーム医療の礎となる出発点でもあるようです。
思えば私がPTSとして「チーム医療」を知った時といいますのは、15年の歴史の中での7、8年目ですから、回復期リハビリテーション病棟普及の真っただ中、最も理学療法業界にて注目を浴びていた時期なのですね。つまり養成校にて学んでいる時期には回復期リハビリテーション病棟がんばれ時代であったと。当然教員もその風を感じながら臨床と授業を行き来していたのでしょうから、多少なりとも学生であった私もそれを感じ取ったのでしょう。私が就職先を迷わず回復期リハビリテーション病院に絞ることなったのは、まさに時代が私をそうさせたのかもしれません。しかし時代は早いもので、当時私が感じていた回復期リハビリテーションにも変容が求められています。さらに地域包括ケア病棟――パッと見て回復期病院の劣化版ともいえるその施設基準は数年のうちにまたこれも変化するのでしょう。
現在医療業界には強い北西の風が吹いています。これは決して意味のない情報ではありません。地域包括の風。リハビリ関連職種も腕一本、頭一つで病院を離れる風は強さを増すばかりでしょう。
本日は高校・大学の同級生や数多くの同世代のセラピストと交流を持つことができました。
同じフィールドですが、皆異なる考え方を持ち、努力しています。
明日からもまた頑張ります。