カンボジアの首都・プノンペンを朝出た高速ボートは、メコン河を遡り、夕方にはラタナキリへの中間地点(というよりメコン水運の要衝)クラティエに着く。
「ボート」といっても、トイレ・テレビ付きの豪華版だ。
雨期にはボロボロに寸断される陸路に代って、早くて快適な交通手段となる。ただし、しばしば海賊(いや河賊か)に襲撃されるリスクを除けば、だが。
雨期なら、ラタナキリの最寄りのメコン河畔の町・ストゥントレンまでボートで遡上できるのだが、乾期はここまで。
ここで大河のメコン河が多島海(河)化し、浅瀬になるので、水位が下がるとボートは通れなくなるのだ。
しかし、その「多島海」のおかげで、メコン河に数十頭しかいない淡水イルカの生息地として、絶好の観察地点となっている。
翌朝、乗り合いトラックに乗る前、夜明け前の薄暗がりの中、バイクタクシーを飛ばして観察ポイントに行ってみた。
誰も居ない河岸の広場で、流れを感じないほど静かなメコン河を見つめていると、まるで耳を塞いでいるかのように無音で、ただ空と空を映す川面が朝焼けに染まっていく。
『そう都合よく見れるもんじゃないか』と諦めかけた時、手前の小島のあたりに、黒い影が一瞬現れて消えた。
イルカの特徴的な背びれを予想していたので、そのノッペリした影に、イルカじゃない別の何か(それも大きさからして想像し難いが)ではないか、と思ったが、バイクタクシーの運ちゃんは、確かにイルカだという。
背びれの事を聞くと、彼は黙って広場の片隅を指差した。そこにはセメントで下手くそに作られた、背びれのないイルカの像があった。
その黒い背中は、音もなく、波も立てず、少しずつ場所を変えながら、ヌメッと水面に現れては消え、やがて夢のように去った。
ラタナキリに向かう乗り合いトラックの出発時間が迫っていたので、バイクタクシーを急かして町にトンボ帰りし、買出しに来ていたラタナキリの人たちで既に満員の、ピックアップトラックに飛び乗った。
人と荷物で満杯の荷台に、ようやく足を突っ込むスペースを見つけ、後部のハッチの縁に腰掛けたが、この姿勢で丸一日、ラフロードを走るのがどんなに無謀な事か、いやというほど思い知らされる事になる。
