刺青|賽のじ雑記 -407ページ目

2審も無期判決 最高裁はどうする?

昨年4月東京都江東区のマンションで
同じフロアに住む女性を殺害して
遺体を切断し遺棄した事件の
2審判決が今日東京高裁で出た

1審よりの検察求刑は死刑
1審判決は無期懲役
判決は検察控訴を棄却した事で
1審と同様に無期懲役となった

死刑を回避し無期とした根拠は
「殺害の計画性を認められない事」と
「謝罪の態度を示している」との事

法律などを専門的に勉強などした事のない僕は
まったく恥ずかしいくらいに
素朴な感想しか言えないんだけど

こうした判決を聞くと
なんとも嫌な気持ちになっちゃいます

法廷には被害者の方はいないんでしょうかね?

被告はわいせつ目的で被害者を拉致
この拉致の発覚を防ぐ為殺害
そして遺棄

入り口に防犯カメラのある
マンションで犯行に及び
自室に連れ込んだ以上
わいせつ行為という目的を達成した後
被害者を解放することが難しいのは
どう考えても明白であるにも拘らず
事件が発覚し逮捕されるという
リスクを覚悟で開放するつもりで
暴力的な拉致という犯行に及んだというのか

殺害の計画性があったのかなかったのか
被告本人にさえわからないであろう事を
裁判という手続きの中で無理やりに認定し
それを一つの重大な基準として
天地の開きのある量刑が決定するのは
唯の茶番としか言えないのでないか

被告人が殺害~遺体遺棄という
選択を実際にしたにも拘らず
どうとでも取れる
拉致段階からの殺害の計画性などを
量刑の基準として採用する事に
司法の限界を感じる

司法の「過去の判例主義」という
極めて官僚的発想の自己保身の為に
これからもこういった裁判が
繰り返されるのでしょうか?

被害者のお姉さんの通報によって
警察が被告に接触した時点で
判決理由にある「反省と更生」を
選択する機会が被告にはあり

被告人自らの意思表示としての
「反省と更生」の選択は一蹴され
つまらない自己保身の為に
殺害という選択をし
その被告人の選択の結果として
被害者の生命が奪われた事を考えれば

被告人にとってもそれが
最後に与えられた「反省と更生」を
選択する機会であり
被告人は「反省と更生」の意思のないことを
殺害という行為をもって
自ら積極的に表明したとするのが
妥当なのではないだろうか

法廷には被害者と加害者が
(法律的権利者としては)平等に
存在しているのではないのか

件の時点で「反省と更生」を選択しない人間に
本当に「反省と更生」は可能なのだろうか

大勢の人々が生活圏を共有している以上
事件、事故共に招かざる事が起こってしまう事を
完全に封じ込める事は難しい

ただし飲酒運転などでもそうでだけれども
自らのつまらない損得や欲望の為に
無関係の他人の生命を危険に晒す選択をした
という事実をもっと重大と考える必要が
この社会にはあるのではないだろうか?

被害にあわれた東城瑠理香さんの
ご冥福をお祈りすると共に
ご遺族をはじめ東城瑠理香さんと
関わりのあった多くの方々の
お気持ちが少しでも和らぐ事を願います

その為にも社会正義実現の担い手として
司法に期待する事は非常に多いです

こうした悲しい事がこれ以上
起こらない社会になる事を切望します

裁判員制度にしても
市民感覚なんてぇ耳障りの良い言葉で
正当化をしちゃてますが
司法というのは膨大な法律を
何年もかけて学び
難関である国家試験を受けて
その習得が認められた専門家が
その運営に当たる必要があるからこそ
司法試験という制度があるのではないのか

素人である一般国民をにわかに招集し
適正な法律の運営の責任を転嫁したいのか
それとも煙に巻きたいのか・・・・・


刺青|賽天 - www.psyten.com