苗字と名前、どっちで呼ばれることが多い?
ブログネタ:苗字と名前、どっちで呼ばれることが多い? 参加中またまたアメブロのブログネタなんだけど
今回は「苗字と名前、どっちで呼ばれることが多い?」
こんな稼業(彫り物の彫師ね)なんてのを
何年もやってると苗字でも名前でもなくって
稼業の名前、屋号?で呼ばれる事が殆どです
そんななか同業者同士数人で会話をしていると
一人の人間を付き合いの度合いなんかによって
稼業名で呼ぶ人、名前で呼ぶ人、愛称で呼ぶ人
なんかがいて話の登場人物が何倍かに
なってたりする事もしばしばでチトややこしい
ところでこの苗字と名前
いつから現在のようにな使われ方が
始まったんでしょうか?
今のように法的な制約なども含めてなら
明治の初めに新政府によって
整備された法律や制度からでしょうね
だとすると140年くらい前からかな?
狙いは・・・・・・・・言わずもがなですが
最近の「消えた高齢者問題?」なんてのを聞いてると
だいぶ大雑把でアテにならない制度の様ですが
場当たり的な対応に終始し
問題の根本は見なかったことにするのは
「消えた年金問題」の時と一緒(笑
おおっと、、、話が脱線してます
これ(明治維新辺りね)以前には
名前というのは大らかに扱われていますね
昨日の記事で登場した
鎌倉幕府を開いた時の将軍源頼朝の娘でさえ
個人を特定する名前は伝わっておらず
「大姫」という意味合い的には「長女」
という程度の呼称しか残っていません
その頼朝の弟の源義経は
幼時母の手元で牛若(丸)と呼ばれ
鞍馬にあっては遮那王
元服して自らで義経と名乗ります
他にも時々の官位で呼ばれたり
兄弟順を表す九朗と呼ばれたり
そこからだいぶ時代が下って江戸時代
一昨日の記事のかの幡随院長兵衛も
本名は塚本伊太郎でしたね
大体にして明治政府の主要な人たちでさえ
何度も変名を繰り返してたり
維新後に好き勝手な姓名を登録したり
かと思えば西郷どんのように
名前なんかどうでも良いように扱ってたり・・・・・・・・
でも幡随院長兵衛もそうですが
鎮西八郎為朝や悪源太義平
浪裏白条張順や九紋竜史進
なんて呼ばれたら格好良いですね^^
いやいやボク辺りは
蝙蝠安とか鬼薊清吉くらいに
憧れてるのが丁度良いな
刺青|賽天 - www.psyten.com