世の中にはさまざまな人がいて考え方もそれぞれ違う。
 
 なんらかの行動を起こす時には、自分の属する共同体が自分に何を期待し
 
何を期待していないか、どんな役割を期待されているかに敏感になり冷徹に
 
分析すべきだと考える人もいる。
 
 つまりは「自分が所属する共同体が期待する行動、役割を果たせ。分をわ
 
きまえろ!それが責任というものだ」と言いたいらしい。
 
 日本においては江戸時代まではそういった考えの人が大多数であったが、
 
そうは考えない人も少しはいたようだ。
 
 しかしそういった異端者のほとんどは近松の心中物に描かれたような庶民
 
であり歴史の荒波に飲み込まれるしかなかった。
 
 だが、その想いや違和感を言葉によって表現できたごく少数の人は荒波か
 
ら頭を浮かび上がらせ思想家として後世に名を遺すことが出来た。
 
 大塩平八郎のように言葉ではなく文字通りの行動によって違和感を表現し
 
もいたが、これは例外中の例外だろう。
 
 続く