情報バラエティと呼称されるテレビ番組では、ある村でダム建設の計画があったにもかかわらず

地域住民をまとめ反対を貫き、国に建設を諦めさせ大自然の美しさを護りとおしたといった話を

報道していた。

「ダム建設よりも大自然」という主張だが、現在の視点から見ればその通りという思う人は

多いだろう。

 しかし八ツ場ダムなどの建設計画が立ちあがった50~60年前には、ダム建設を行い治水をして

水源確保をし、発電をするのが「国のためであってそれに反対するのは非国民だ」

という風潮だったのではないか。

50~60年前の住民が国の計画に反対するのは、KYなことであり容易なことではなく、

自然保護のために50~60年戦い続けることは至難の技だろう。

成田空港だって、今、建設計画が持ち上がってもあんなものは要らないという声が出てくるだろうが、

あの当時の農民が反対するのは容易ではなく理解者も限られていたので、すがれる勢力も限られていたと

いうことだろう。

 今でも中国なら住民を有無を言わさず強制的に立ち退かせ、農民が土地を奪われているが

日本ではそのようなことは出来なくなり、その代わりに「金」で解決するようになったということだ。
 
  続く