先日、「お別れの会」が催されるという新聞記事を読んで亡くなったのを知った。

http://mainichi.jp/select/wadai/news/20090710k0000m040041000c.html

チベット二郎というあだ名を持ち、中国寄りの意見が大勢の中で孤立しても

チベットを支援したということだ。(週刊新潮7月23日号)

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%B7%9D%E5%96%9C%E7%94%B0%E4%BA%8C%E9%83%8E

 川喜田氏の書を読むと、チベットは中国(漢族)の一部などではなくヒンズー文化、チベット文化、

中国文化は生態学的に同位の関係にあることがよく分かる。

チベットは漢族にとって夷狄の王朝である元や清に服属したことはあっても漢族の支配を受けたことは

なかった。

 中国政府あるいはその意向を汲み「有識者としてリスクを少しずつ背負い国論をまとめたい」

などとする評論家などは、かつてのチベットには農奴制あるいは奴隷制が存在し中国が開放したと

主張している。

川喜田氏の綿密なフィールドワークによればチベットには遊牧チベット人と農耕チベット人がいるが、

農耕チベット人といえども牧畜に依存ずる面が著しいということだ。
  
 続く