厚生次官らの連続殺傷事件の容疑者は一貫して「今回の決起は、保健所に家族を殺された仇討だ」

と警察の取り調べで話しているようだが、メディアは懐疑的な見解を報じている。

飼い犬が処分されたのは本人が主張する1974年4月5日の金曜日ではなく、

その翌日に散歩の際に縄が外れて捕獲されたらしい。

「週明けの月曜日まで預かる」と保健所で言われたが容疑者は迎えに行かず、

数日後に家族が保健所を訪れた時にはすでに処分されていたと。

容疑者はショックを受けた様子はなかったという。(12月5日朝日朝刊、産経)

新聞メディアが、容疑者本人が主張する「仇討」怨恨を否定するのは、警察関係者、心理学者や作家

などの識者が「あくまで後付けに過ぎない」と見ていることが大きいようだ。

 しかし12月11日付けの週刊文春によると、父親は「(息子は)塞ぎこんで2階で泣いていた。

女房は大学入学時にチロの毛を佐賀に大事に持っていった姿を覚えていたようですが」と話した

ようだ。

小泉容疑者がショックを受けていたかどうかは、他人にはなかなか分からないし、

保健所に引き取りに行かなかったのは飼い犬がすぐに殺処分されるとは思っていなかったからかもしれな

い。だからこそ飼い犬が殺されたことに恨みを持っていたのかもしれない。

人は得てして、他人も自分と同じ内在的論理、動機で動くと考えがちだ。

他人も自分(たち)と同じと思えたほうが安心できるし、善人も悪人も自分(たち)の思っているように

動かしたいという願望があるからだろう。 
 
小泉容疑者の動機が、今後どのように「解明」されるのか興味深い。

 続く