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 全国チェーンの新古書店で、上記の「科学哲学のすすめ」の背表紙が目に入り、購入。

その本に書かれていたことでかなり前のことになるが、1996年に起こった「ソーカル事件」に興味を

持った。

ニューヨーク大学物理学科教授だったアラン・ソーカルが、

「境界を侵犯することー量子重力理論の変形解釈学に向けて」と題する論文を、

人文系雑誌「ソーシャル・テクスト」に投稿したことを発端とする。

雑誌のレフリーがその論文をそのまま掲載した数週間後、ソーカルはその論文が

ポスト・モダニズムを標榜する人文科学者の無数の「意味をなさない表現」とされる文章を引用し

組み合わせた完全な「パロディ」に過ぎないことを暴露した。
 
 その後、アラン・ソーカルは、同じく物理学者のジャン・ブリクモンともに、

事件後の賛否両論を総括し、特に数学・科学用語の濫用の甚だしい著者のテキストを具体的に批判した。

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%BD%E3%83%BC%E3%82%AB%E3%83%AB%E4%BA%8B%E4%BB%B6

その英語版の邦訳「『知』の欺瞞」を、今度は新刊書書店で購入した。

新刊書は、なるべく通販を利用せず本屋で購入することにしている。
 
 「『知』の欺瞞」で一番面白いのはラカンが目茶目茶に批判されているところだ。

ドゥルーズもかなり手厳しく書かれている。

ポストモダンの哲学に限らず科学哲学(広義の意味における)のジャンルでも、

どうにも意味が分からない文章を書いている著者に出くわすことがある。

そんな時、私は、自分の頭が悪いと思いコンプレックスに押しつぶされそうになる。

その著者が「畏友」、「天才」などと呼称されていたらなおさらだ。

続く