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 赤い中国国旗が沿道に溢れ、チベット国旗を圧倒した、長野聖火リレーの行われた4月26日は、

日本の支配層、エスタブリッシュメントが、生き残りを賭けてアメリカを離れ中国の傘下に入ることを

決定した日として歴史に残るのかも知れない。

福田首相、あるいは福田政権が日本を中国に売り渡した、と云うのならまだいい。

事態はもっと深刻である。

 長野の聖火リレーが行われる前、中国が日本に「沿道のプラカード禁止」などを要請した際、

世論は「日本には表現の自由がある」として、中国の働きかけを冷笑した。

しかし、聖火リレーの出発地点と到着会場では、チベット国旗を持った人たちは立ち入りを禁止され、

事実上中国の要請通りのことが行われたのである。

しかも、民主主義の根幹であり、基本人権でもある「表現の自由」が踏みにじられたことを、

日本のメディアが報道することもない。

 しかし、中国の傘下に入ることを日本の支配層が決定したとしても、日本人みんなが同意したわけでは

ない。

未来は、まだ確定していない。

4月26日が歴史に残るとすれば、日本が中国の属国になることを拒否する抵抗運動の始まった日としてで

あろう。

無論、「支那人は、日本から出ていけ!」とシュピレヒコールを繰り返していれば

問題が解決するわけではない。

 長野市に若い中国人たちをあれだけ動員できるということは、日本の産業構造がいまや中国人労働者

なしにはやっていけない状況になっていることを示している。

また、中国の巨大市場を無くすことは、日本の製造業の存亡の危機にかかわってくるのが、

今の日本の産業界の現状である。



 雨の降る長野駅前の沿道を、聖火を持つ欽ちゃんこと、萩本欽一が通った後、

チベット支援者の陣地と中国人たちが接する東急百貨店の玄関前では、小競り合いが何度も起き、

乱闘にまでなっていた。

いずれもどのようないきさつで起こったのか確認できなかったが、当事者と思われる日本人が

警察官たちに「これで逮捕しないなら、いつ逮捕するんだ!証人もいる。」と激しく抗議しているのを

目撃した。