以前、作家の林真理子氏が、小泉元首相が郵政民営化を旗印に総選挙に打って出た際、

小泉氏を絶賛するコラムを書いたのを、当時、私は酷評した。

しかし、彼女は、女の生態を的確に表現することに関しては、他の追随を許さない。

やはり、週刊文春の12月13日付けのコラムであるが、彼女は、防衛省前次官の守屋氏の夫人が、共犯

として逮捕されたが、同情されず世間から冷ややかに見られているのは、

「この国の人々は、『亭主の力をカサに着る女』を、激しく嫌うからである」だと、指摘している。
 
 そして、昔の日本では、夫人が社交の場に出て来ることはなかったが、最近は欧米流に夫人同伴で表に

出て来るようになり、守屋夫人のような人も現われるのだろうと、考察している。

確かに、夫人が表に出て来るのは最近のことだろうが、昔から社宅では夫の地位で夫人の序列も決まる

ことは常識となっている。

昔から「亭主の力をカサに着る女」はいたのだが、あくまで内輪の世界の振る舞いであって表に出ること

はなかったから問題になることは少なかったということだろう。

それが、夫婦で表に出る欧米流を真似るのはいいが、あちらでは建前の上では出席者は役職は違っても皆

平等というポーズを取るのだが、形だけ真似る日本では「主人と同じことを私にもさせろ。私にも頭を下

げろ」という態度が露骨に出て、守屋夫人のように見境なく接待を受けるという事態になるのだろう。
 
守屋夫妻の場合、夫人が悪いのはもちろんだが、その非常識をたしなめるどころか、積極的に後ろ盾とな

った守屋氏のほうが、より罪があったと思う。