私は、小泉首相が靖国神社を参拝することに反対ではない。むしろ自分の信念を貫いてもらいたい。彼が言う「心の問題」という主張は正しく、主権在民の世に、天皇の「御心」を理由に、行動を制約しようとするのは間違っていると考えている。
しかし、現状のままでの靖国公式参拝推進派、あるいは分祀論派の主張も納得できない点があり、自分なりの考えを書きたい。
 先日の7月31日のテレビ朝日のTVタックルで、ハマコーが、昭和天皇の戦争責任を激しく主張した。
ハマコーは以前にも、同様の主張をしていたようだが、今回の彼が顔を真っ赤にして語る姿は、賛否両論併せ、多くの視聴者に強烈な印象を残したようだ。
確かに、ハマコーが言うように、靖国問題と切り離せない戦争責任を論ずるのであれば、昭和天皇を除外して論ずることはできないはずだ。
しかし、顔を真っ赤にし、あるいは涙目になり、自説を主張するハマコーを、民主党の代議士を含む全員が、必死で彼の主張を否定し、あるいは抑えた。
本当のところは、天皇に責任がまったく無いと思っている者は、あの場には居なかっただろう。
 現状のままの参拝賛成派、分祀論派、反対派ともども、天皇の責任問題を避けているから主張が分かりにくいところがある。
この問題を議論することがタブーならば、天皇機関説という「学説」を主張することが禁じられた戦前とたいして変わらないだろう。
私は、大日本帝国憲法の条文で免責されていることを根拠にした昭和天皇に法的な戦争責任が無いという主張は、どこかおかしいと素人考えながら思っている。
次回、「学説」もどきを主張。