今日は病院に行くまでのお話です。
とっても長いので、気をつけて?読んで下さい。
私が病気を自覚し始めたのは、大学3年~4年の頃です。
就職活動期間中、すごくひどい眠気に襲われるようになりました。
最初はただ単純に疲れてるだけだろう
と思って、なるべく早く寝たり、バイトを控えたり、食事に気をつけたり、
サプリをとったり・・・
でも、どんどん眠くなるんです。
もともと
緊張すると眠くなる
というのがあったので、もしや
緊張=プレッシャー
なのでは?
と思い始めました。
就職はなかなか決まらず、焦りと不安を毎日感じていました。
いわゆる内定ピークの4年の4月~6月に内定が出ず、
眠さも度を越え始めました。
会社の説明会にも行けなくなりました。
起きれなくて。
(大学は自宅通学でしたが、大学までJRで2時間弱。
説明会のある市内まで行くのに約1時間半。
最寄の駅は、ほぼどの時間も1時間に1本しかJRが走ってないという環境。)
受けたかった会社も寝坊で受けれないとこも多くありました。
もちろん大学の講義にも出れなくなりました。
4年の後期(自分のために4年でも多く講義を選択していました)は、
ほとんど講義に出れませんでした。
午後の講義にも間に合わないことが多かったです。
3年で単位をとり終えていて、本当に良かったです(笑)
なんとか希望の職種(機械設計関係)に11月に内定が決まり、
就職活動を終えました。
100社以上エントリーし、1次面接から県外でも積極的に受けに行きました。
結局内定が出たのは、某社長が有名な飲食店と、
11月に決まったところだけです。
自己アピールが下手なんですよ・・・
大学では勉強するのが目的だったので、やって当然のことだから、
『勉強を頑張った』とか言えなかったし、
自分はいつでもまだまだと思っていたので、うまくアピールできなかったんです。
就職活動中、なかなか決まらない私に、親(母親のみの片親です)は、
会社の名前を聞いて、『おぉ~』と言われる会社に就職しなさい。
手に職をつけなさい。
お母さんが言ったところを受けなさい。
公務員を受けなさい。
(願書締め切り2週間前に突然。落ちたらものすごく怒られて皮肉といやみを・・・)
飲食業と運送会社と小売業は受けるな。
事務員になりなさい。
あんたの大学がいける会社なんて、たいした会社じゃない。
(私の学部は商学部だったのでマーケティング関係にも関心があって、
小売業にも関心がありました。)
小売や飲食に行かせるために大学に行かせたわけじゃない。
そんなことは大卒がする仕事じゃない。
付き合ってる男に合わせて希望職種を選ぶな。
(もともと希望していた職種で、相談したこともあったのに、いきなり否定された。
もちろん、男に合わせて仕事を選ぶ気は毛頭ありませんでした。)
あんたに販売ができるはずが無い。
あんたに事務ができるはずが無い。
あんたにやりたいことができるはずが無い。
だからお母さんが言うとおりにしなさい。
(やりたいことを聞かれて、答えたら言われた)
あんたはどうせダメなんだから、高望みするな。
あんたは生意気な目をしてるから、どこも採用したくない。
あんたなんて採用したくない。
研究室推薦をしない先生なんて使えない
(私の先生は推薦者を出さない先生でした。)
などなど・・・
いろんなことを言ってきました。
この時点で矛盾ありありです。
事務をやれっていって、事務はできない?
私が行った大学ではたいした会社に就職できないって言うのに、
誰もが聞いてわかる会社に就職しろ?
手に職をつけろと言われましたが、私が高3の進路選択のとき、
専門学校を希望したら専門・短大断固反対。
ついでに、3年次編入で別の大学に編入しようとした時も、
言いたい放題言われて、結局自分勝手なダメ人間扱いされました。
(結局試験は不合格で編入できなかったんですが><)
商学部から機械設計などの技術職に就くのは、
ほんとうに難しかったです。
CAD未経験でもOKという条件でも、学部は工学・理学部のみとか。
商学部関連でやりたい仕事は、いろいろうけましたが、
女性がやれると思わないで
女性はすぐにやめるでしょ
そんなやる気は最初だけです
事務で採用しても、営業やってもらいますよ。
その方が営業手当て出さなくていいですから。
とか、よく言われました。
1社からは、
あなたが言ってる内容と、ウチの事業内容は違います
って言われました。
最終面接で。
その時はかなりΣ(゚Д゚;エーッ!でしたが。
就職が決まって、一人暮らしをすることが決まりました。
念願の1人暮らしです。
どれだけ家を出たかったかは、また追々。
就職が決まってからも、私の眠気は治まりませんでした。
1日の半分は寝てたと思います。
卒業式にも遅れるところでした。
卒業旅行当日にも寝坊したのはここだけの話です( ・ノェ・)コッソリ
新幹線出発時間におきました_| ̄|〇
さて引越し。
福岡のど田舎→広島市へ
引越し時にもめて、逆切れされて、後味悪く別れましたが、
これで開放された
という気持ちでいっぱいでした。
正直、技術職にしては低い給料だし、最低限保険とかだけは補償されてるけど、
そういった面ではいい就職とはいえませんでした。
でも好きな仕事ができて、親から解放されるなら、
そんなことどうでも良かったです。
(給与面でも、さんざんも親とめましたが)
私は派遣会社に正社員として入社し、
他社に『出向者』としてはいって仕事をすることになっていました。
研修期間、ド素人は私のみ。
機械系・理系・CAD経験者のなかで、研修を受け始めました。
必死で勉強しました。
好きな仕事をするために、自分のために勉強しました。
つらいこともしんどいこともありましたが、
私は負けない、大丈夫
と思って、一生懸命勉強しました。
4月に入社し、研修を終え、7月から出向しました。
出向先では研修中とは違うCADツールを使うことになっていたので、
再び研修に突入。
でも、それはすごく面白かったです。
また、必死で勉強しました。
少しでも仕事ができるようになろうと、必死でした。
そして同時に、
体に不具合を感じ始めました。
また起きれなくなり、混乱するようになり、何かに恐れるようになり・・・
仕事に支障をきたしてはいけないと思い、
思い切って精神科に行こうと決めました。
でも、なかなかいけないものですね。
思い立って、2ヶ月かかりました。
(早い方?)
社会人1年目、一昨年の10月24日でした。
病名はパニック障害でした。
うつ病ではないと思っていましたが、はっきり病名がわかってすっきり?しました。
そして、投薬開始です。
長くなったので、今日はひとまずここまでで・・・┌◯"ペコリン