ESSEN 1989 / SLAYER

速さの頂点を極めた後はスローに。アルバム「サウス・オブ・ヘヴン」(1988年)は発表当時、テンポが遅くなったとの理由で賛否両論を巻き起こした作品だ。

 

アルバム「レイン・イン・ブラッド」(1986年)で楽曲の極みを見せたメンバーは、次の作品で同様の音楽性を提示しても「レイン・イン・ブラッド」を超えられないと冷静に分析していた。これが方向転換に繋がったのだ。

 

ただし、アルバム「サウス・オブ・ヘヴン」を聴けば、全体がスローになった訳ではなく、速いパートは充分にある。厳密に言うなら各楽曲の構成が複雑化したように感じる。その分、ストレートな攻撃性が後退し、遅くなったと言語化されたのではないか。

 

次のアルバム「シーズン・イン・ジ・アビス」(1990年)では、「レイン・イン・ブラッド」の攻撃性と「サウス・オブ・ヘヴン」で提示した重さの両面が融合した作品になる。更に、その後のサウンドを踏まえると、速さだけでなく重さとムード感がスレイヤーの音楽性として定着する。

 

その点において「サウス・オブ・ヘヴン」の存在意義は大きく、ここで表現したサウンドが今後の音楽活動における、新たな出発点となったのは間違いない。今回は、その「サウス・オブ・ヘヴン」発表後に行われたライヴの音源を紹介したい。

 

1989年1月10日、ドイツのエッセン公演の音源だ。Shades製のCD-R。ツアーは1988年に始まり、本公演は年明け直後のライヴ。ツアーも終盤に位置する。

 

オープニングは「サウス・オブ・ヘヴン」冒頭の不気味なアルペジオに始まり、観客の熱狂する声が聴こえる。バンドの音が入るパートから生演奏で、一気に音圧が上がる。「サウス・オブ・ヘヴン」からギターのフィードバックが続き、デイヴ・ロンバート(ds)がダダダッ!と低音を叩き「レイニング・ブラッド」へ。この流れは非常にスリリングだ。

 

「サイレント・スクリーム」「リード・ビトゥイーン・ザ・ライズ」「十字架の裏側」「ゴースツ・オブ・ウォー」「スピル・ザ・ブラッド」「ライヴ・アンデッド」と、当時の最新作「サウス・オブ・ヘヴン」からの楽曲が目白押し。以降のライヴを踏まえると、これらのライヴ音源は貴重だ。

 

速さよりも重さ、そしてムード感という点において「サウス・オブ・ヘヴン」と並び、ライヴに新風を巻き起こしたのが「マンダトリー・スイサイド」だ。90年代になると「シーズン・イン・ジ・アビス」「ジェミニ」など、スロー・テンポの楽曲も多くなるが、この時点では新境地の1曲であり、「マンダトリー・スイサイド」は良い意味でライヴでも異質な存在感を放っている。

 

他には「ブラック・マジック」「ダイ・バイ・ザ・ソード」「ケミカル・ウォーフェア」などの初期からの定番曲、「キル・アゲイン」「アット・ドーン・ゼイ・スリープ」といった、活動全般を見るとライヴで取り上げられる機会の少ない楽曲も聴ける。

 

「ポストモーテム」「ネクロファリアック」も素晴らしい。ラストは名曲「エンジェル・オブ・デス」。前回のツアーでは1曲目に演奏されているので、バンドの歴史の中でずっと定着する「エンジェル・オブ・デス」を最後に持ってくるメニューの組み方は、このツアーから始まった。

 

特筆点として挙げたいのが音の良さだ。これは本品の録音状態の話ではなく、バンドが出す演奏の音と、それをサウンドとして作り上げるエンジニアの技術面についてだ。アルバム「サウス・オブ・ヘヴン」のサウンドが、そのままライヴでも再現されたと言えるほど、素晴らしい音作りである。

 

もちろん本品はオーディエンス録音なので、その分、音質が左右される。しかしながら、見方によってはオーディエンス録音であるため、客席でファンが聴いたサウンドがそのまま収録されているのは間違いない。スレイヤーのライヴにおける、サウンドの良さを再認識できる音源だ。