こんにちは。

ご訪問いただき、ありがとうございます。

立春を過ぎ、いよいよ本格的に2026年がはじまりました。


「メタフィジックス通信」さんから引用させていただきます。


今回は、バシャールによる予測というより、バシャールのチャネラー、ダリル・アンカさんのインタビューから、ダリルさん自身のコメントのようです。





もはやすべては単なる想像の域を超えています。あらゆる闇、あらゆる光、あらゆるネガティブな選択肢、あらゆるポジティブな選択肢、すべてが目の前にあり、私たちに決断を迫っています。

覚えておいてください、あなたが今いる世界は決して変わりません。地球には無限のバージョンがあります。あなたが何を選ぶかによって、あなたは別のバージョンの地球へと移行するのです。そのバージョンは、あなたがこれまでにしてきた選択を反映し、既に存在しているのです。ですから、誰もが自分の好きなものを選ぶことができるのです。

ある人たちは自分たちが信じる現実こそが現実であると信じています。一方で、それとは正反対の状況を現実だと信じている人たちがいます。これこそ現実が分裂している兆候です。つまり、どちらも実際には真実であり、どちらも彼らの現実の中で実際に現実なのです。


ダリル・アンカ


・・・・・


2027年もしくはその数年後以内には( ← ちょっと延びましたね w )オープンコンタクトがあること、2020年から2050年に渡る30年間のリセット期間に入っていることも伝えられています。


とにもかくにも



あなたの情熱があなたを支えると信じてください。


ダリル・アンカ





爆笑ニコニコ爆笑ニコニコ爆笑



こんにちは。


ご訪問いただき、ありがとうございます。


ややこしいので、興味のない方はスルーしてくださいね。


・・・・・


私はもともと社会科学系の人間で、社会の存在を自明のものとしすぎていたと思うので、


このブログをはじめるときに、社会という半ば無意識の前提を外してみよう、社会について語らないようにしてみよう、と決めました。


そうすることで、逆に、何が自分にとってのリアルなのか?が、見えてくるかもしれないと思いました。


・・・・・


ときどき逸脱して、「社会(の一部)」について考えてみたりもしていますが…


個人的には、


「社会システム」というのは、物理的な側面も備えており、常に完全に、個人の内面に収束させて語ることが適切だとも思っていないので、


ときどき、


「すべてはあなたや私の心の中で起きている」といった


社会心理学的なアプローチやスピリチュアルな生き方指南に、違和感を覚えることもあります。


そんな気もするし、そうではない気もするし…


「心理」と「社会」のはざまで、自分のスタンスが定まりません…


・・・・・


さて、そんな中、


放送大学で、今期は社会心理学(を含む科目)を取っていたのですが、


社会心理学には、統一的な理論や全体を束ねるような理論はないそうです。


次の次の学期には、社会学を取ろうかと思っているところです。


社会学にはそういう理論があると言えるのか?言えないのか…?





前に、心理社会学という学問はないらしいと書きましたが、

心理学的社会学というのはあるらしい。


コトバンクに見出しがありましたよ。


・・・・・


素人には何がなんだか、という話ですが、


調べていくと…

実は、記事①のAIさんは、心理学的社会学と心理学的・社会心理学を混同していました。

心理学的社会学 = 心理学的・社会心理学としてしまっていました。


説明を読むと、たぶん、


心理学的社会学は、社会学的・社会心理学に近いのではないかなぁという気がします。

その時点で、AIさんは、やや論理が破綻していたともいえますが…


※ なので、記事①では修正をしました。



心理学的社会学
(psychological sociology)

「精神の諸活動や心理的要因に注目しながら、社会現象の理解と解釈や説明を試みようとする学問分野」ということです。(コトバンクより)

以下もコトバンクより

「心理学的社会学の明確な視点とアプローチは、ボールドウィン、クーリー、トマス、エルウッド、バーナード、あるいは、パーク、ブルーマーHerbert Blumer(1900―87)らにみられるのである。」

ただし、

心理学的社会学と社会心理学の密接な関連性はとくにエルウッドとバーナードの場合に明瞭に認められる。」

「クーリーによれば、「直接的な社会的現実は個人的なアイデアであり、社会はその直接的なアスペクト(局面)においては、もろもろの個人的なアイデア間の一つの関係であって、社会は私の精神のなかに存在する」」

というわけで(朱字部分)


心理学的社会学は、もはや社会心理学と言ってよいものになっており、従来のイメージの「社会学」とは、ちょっと違っているようです。


そういう意味では、AIさんは、当たらずとも遠からずだったのかもしれませんが…


・・・・・

AIさんは、矛盾していたり類似していたりする記述をシームレスにまとめてしまうところがあり、

ほんとうのところは、専門家に聞いたほうがわかりやすいのでしょうね。

今回は、コトバンクのほうがわかりやすかったかも…







爆笑ニコニコ爆笑ニコニコ爆笑

^_^こんにちは。

ご訪問いただき、ありがとうございます。


私は今、放送大学で(普通の)「心理学」を学んでいるところです。


改めて思うのは、


「心理学を学ぶこと」


「心の整え方を学ぶこと」は、


重なる部分がなくはないですが、


とりあえず別の話だな、ということです。





それぞれに、方向性が違っています。


心理学を学んで、それをもとにカウンセラーや公認心理師、臨床心理士になるということは、


基本的に「他人の心を整えること」(その手助けをすること)です。


それは「自分の心を整えること」とイコールではありません。


自分の心の整え方は、(独学も含め)別のところで学ぶ必要があると思うのです。


・・・・・


心理学部で心理学を学んでいるうちにウツになってしまったという人の話も聞きました。


「心」について深く知りたいと思っていたら、逆に心理学は、細かいことの寄せ集めのようで、当て外れになるかもしれません。


あるいは、心の「不調」や「問題」にフォーカスしすぎて、辛くなってしまうかもしれません(特にHSP / エンパスの場合)。


・・・・・・


精神的に非常に安定した人であれば、「他人の心の整え方」を学ぶだけでよいのかもしれません。


ただ、心に関心をもつ人は、機能不全家庭で育っていたり、


一度は心のバランスを崩したりした人も多いと思います。


そういう人が大学や大学院の課程を経ただけで、心理支援の仕事に就いても、


必ずしも自分の心が整うわけではないし、疲弊して、下手をすると燃え尽きてしまう可能性もあります。


・・・・・


公認心理師だからといって、その辺の人よりも人間関係その他の現実が上手くいくとは限りません。


公認心理師課程は、そうなるようにデザインされているわけでもありません。


それは、“心理学的”支援と、その周辺の法律や制度に通じた「支援のプロ」を養成するための課程です。


・・・・・


「自分の心の整え方」は人それぞれです。


「他人の心の整え方」を、自分に当てはめればよい人もいるでしょう。


一方で、


カウンセラーや心理セラピストには、はっきり語らなくとも、


自分なりの「スピリチュアリティ」をもっている方が多いように感じます。


私はあまり普通ではない心理学、つまりスピリチュアルな心理学や心理療法を学んできました。


それらは、自分の心を整える助けになっていると思います。


(少なくとも、放送大学の心理学の課程では扱われていない分野です。)


・・・・・


心理学の歴史はたかだか150年ほどで、


心理学を学ぶことは、その間にわかった「心理」を学ぶことです。


しかし人間は、大昔から「心」を経験し、それについて考えてきたし、


「心」についてのアプローチは、心理学以外にもいろいろあります。


・・・・・


「心理学」を自分の心を整えることに応用できるかどうかは、


個人の心構えや力量にかかっているといえます。




爆笑ニコニコ爆笑ニコニコ爆笑