無職もそろそろ厳しくなってきた、当然だ。食費に家賃、生きてるだけで金はかかる。時間を見つけてバイト情報は当たっていたのだが、これといって良さそうな仕事は見つからなかった。なんかいい仕事はないものか。

 

そんな時、会社員時代の上司と飲むことになった。この元上司は俺より先に会社を辞め、荻窪で携帯電話屋をやっていた。昔は総務部長だったが今はシャチョーだ。

 

 なぜか昔からこのシャチョーにはかわいがってもらっていた。組織上は彼の部下ではあったが、仕事の絡みは全くなかったし、仕事中に会話することも少なかったと思う。部の宴会の時、ちょっと話をする程度だったのに、宴会が終わると、

 

「よし、次行くぞ」

 

と連れて行ってもらうことが多かった。俺と二人だけのことが多かったように思う。会社近所から歌舞伎町の飲み屋なんかに連れて行ってくれた。

 

シャチョーが携帯電話屋を始めた頃、俺はまだそんなものは持っていなかった。今じゃ考えられないが、普及し始めだった。タダでやると言われ、携帯を持つことになったのだが、それがヒドかった。

 

東京デジタルホンという、ソフトバンクの前身だと思うんだが、とにかく繋がらない。メモリは30件で入りきらない。結局すぐにドコモに変えることになった。いま思えばシャチョーの策略だったのかもしれない。

 

そんなシャチョーと久しぶりに会い、行きつけの寿司屋で刺身をつまみつつ、何か仕事はないかと相談していたら、今の店を手伝うか、という話になった。本当は女性がいいんだそうだが、シャチョーが店を他の仕事で空けることも多いから、男がいた方が何かと便利かな、と言われた。用心棒代わりか?

 

シャチョーは店での小売以外にも、法人営業や、電波状況を改善するアンテナ工事なんかもやっていた。ちなみにこれは後に違法行為となるのだが、その時点ではまだ違法ではなかった。

 

そういうわけで、今度は荻窪で携帯電話屋のおやじになった。最初はさっぱりわからなかったが、週に3~4回出勤し、ずっとカタログを読み漁っていたのですぐに覚えられた。某電気屋にいた時もそうだったが、接客自体は商品知識がなくてもある程度はどうにかなるもんだ。

 

 

つづく。