アメリカ☆臨床心理学
アメリカで臨床系心理学を学びたい人へのページを作りました。
北米の大学院は、教授の下で働いたり学部の授業を教える
アシスタントシップがあり、授業料無料+生活費もらえます。
多くのアメリカ心理学会認定の臨床系心理学科(修士・博士一貫コース)は、
アシスタントシップがついてます。
終焉
夏休みも終わって新学期がはじまりました。
夏休みは、、、ビーチへ行き、、、
、、、テニスをしまくり、、、楽しかった。
新学期はじまりましたが、、、
過去3年間、、、臨床心理学を勉強してきて、、、
最後の研究室、、、けっこう精神的にきつい中、ここで勉強していたっけ、、、
修士・博士一貫のプログラムにいたのですが、、、夏に修士はとりました。。。
でも、いろんな理由から、、、
新学期からは、、、、もう、、、、
臨床心理学科にはいません。
、、、なので、ブログのタイトルが臨床心理学留学という以上、、、
、、、ここでブログはおしまいになります。
あれだけ、人生を費やしてここまできたけど、、、最後はあっけなかった。
臨床心理学のマスターレベルでは自分が目指している所へいけないので、
今後、、、心理療法に直接携わることは、人生でもうないでしょう。
でも、別にこれですべて終わったわけではなくて、まだ続いています。
、、、なので、もうしばらくは、アメリカのどこかで生きていきます。
自分らしく、自分が自分であるために、、、
そして、、、絶対に達成するという信念の下に。
アメリカの大学機関で、教授職、研究職につきたいという道は変わってません。
いままで読んでくれていた方、ありがとうございました。
このブログから、何かしら感じ取ってもらえたら、幸いです。
でも、最終的に、、、自分を動かすのは自分しかいない、、、
3年間、ありがとうございました。またどこかでお会いしましょう。
終焉へ・エッセー3
少しお知らせしましたが、、、
正式にこのブログは8月31日を持って終了いたします。
色々考えた結果、、、ホームページは消滅させることにしました。
ホームページ用にいろいろと書きためていたものを、最後にブログに載せたいと思います。
主に、、、過去・留学に対することを書いたので、まずは、、、ホームページは消えるので、そこに書いたものをここに移します。
一応写真を増やしているので、、、リメイクバージョンです♪
エッセー第三弾☆初めての海外☆
すべてはあの場所から始まった、、、
第二弾はこちらへどうぞ → http://ameblo.jp/psycho-surf/entry-10784259976.html
☆カナダ2週間のホームステイ☆
1.海外へのきっかけ=「満たされないなにかを求めて」
1-A.「チラシと具体化」
さかのぼること、大学1年の秋。
1浪をしてようやく大学へ入ったものの、当時、何か満たされないものを感じていた。
満員電車に乗っていやいや、たいして面白くもない授業に出て、テキトーに家の途中の駅で降りて、なんとなく本屋に寄ったり、ブラブラしたり。
そんな生活の繰り返しで、自分の持っている力を使っているようには思えなくて、「もっと何かしたい!!」とは強く思っていたけど、何をしたらいいのかがわからなかった。
外から見れば、一応、名前の通った大学に通っている大学生だったけど、自分の中では、何か満たされないものがあるというのはわかっていただけだった。
ある日の朝、大学の周辺ではチラシを配っている人がいた。
この大学は都心にあって、ある程度名前も通っていたし、何かの勧誘のチラシを配っている人はかなり頻繁にいた。
そんな中、一枚のチラシを受け取る。
何やら見入ると、、、短期留学と書かれているもよう。
どうやら、大学生の休みを狙った、、、短期留学を勧誘するチラシみたいだ。
チラッと見入る。
値段が小さく書いてあった、、、30万~。
当時、留学なんて、お金持ちの人がするものだと思っていたし、英語は英語圏で教育を受けたりしないと話せないものだと思い込んでいた。そして、海外旅行する家族でもなかった。まして親はパスポートすら持っていない。そんな考えとそんな家庭環境、、、海外に出るなんて考えたこともなかった。
このときは、値段だけ見て、、、「あぁ。。。これくらいかかるんだ。」という程度で終わる。
しかし、「留学=金持ち」という漠然とした考えから、、、「短期留学=30万くらい=バイトしてなんとかならないわけでもない」という具体的なものには変わった。
ほとんどの人がもらっても、見ないで捨てるか、チラッと見てすぐに忘れてしまう程度のチラシだが、このチラシによって、海外に行くということが、具体的になった。
よく、「目標は具体的にしろ!!」って、色々な成功した人の本に書いてあるが、漠然とした目標には、人間なかなか動けない。
先が見えないから、達成が見えないものから、頭の中で達成感は作り出せない。
「これをやれば、こうやって達成して、こんな満足感が得られるぞ。」と頭の中で想像できれば、達成感が先に頭に残り、それを追うために行動に容易に移れる。
とにかく、何かが満たされていない大学生活、海外に行くという経験したことのないこと、そして、それが頭の中で多少、具体的にどうすれば(いくら払えば)行けるのかが少しわかった。
1-B.「実行の可能性」
当時、大学から自宅までの乗換えの駅であるお茶の水の本屋でフラフラしていたのだが、そのチラシを見て以来、留学の本、海外旅行、そして英語の本、、、を立ち読みでするようになった。
海外、そして英語圏に行くといっても、アメリカ、イギリス、オーストラリア、カナダ、ニュージーランド、、、色々あるし、、、どこへ行ったらいいのかなんて、わからない。
しかし、海外に出たら、「この満たされていない感情を、少しでも変えられるのではないか?」そういう思いが心のどこかで残っている。
本屋で海外に関する本を読むと共に、大学に行って初めて接したインターネットでも、海外に関する情報を漠然と見るようになった。
インターネットで出会ったサイトが、行き先を決めた。
カナダ・バンクーバー
そのサイトでは、バンクーバーで1ヶ月語学学校に行ったときの様子が書かれていて、それを読んでいて、なにか楽しそうだった。読んでいるだけで、「こんな体験ができるのかぁ。」とワクワクできた。
短期で海外に行くって、どんなことか全く知らなかったのだけど、そのサイトによって、何かが頭の中で「見えて」きた。海外なんてどこがどうなのかなんて、さっぱりだったので、そのサイトで、行き先は、カナダ・バンクーバーに決めた。
それに当時は、アメリカ=「銃が持てて危ない」しかイメージがなかったから、アメリカ行きは最初から除外されていたけど。
とにかく、ちょっと前までは、得体の知れない海外だったのだが、情報を収集したおかげで、自分でもできるものへと変化した。
当時、バンクーバーは日本人が多いとかそういのも全く知らずに、、、
情報を集めたが、いずれにせよ未知なる漠然としたあこがれの世界だった。。。
1-C.「決定」
季節は秋から冬へと移っていく。
行く時期は、春休み。そして、行き先はカナダ・バンクーバー。
あとは、語学学校を決めるのと、具体的な日にち。
語学学校を決めるといっても、自分でどうしたらいいのかわからない。英語でメールなんて打ったこともない。自分でやると大変そう。普段立ち読みしていた成功する留学という本に載っていた留学斡旋会社を利用することにした。値段も広告に出ていたので、ぼったくられることもない。
クリスマス間近の新宿。クリスマスの準備でライトがきれいにデコレーションされていて、人もなんだか慌ただしいし、街もなんだか楽しそうな雰囲気に変わってきている。
そんな中、新宿の都庁の向かいにあるビルにある斡旋会社に行った。小さな語学学校を希望したら、いくつか候補をくれて、その中から決定。
そして、航空券も手配の仕方なんてわからなかったので、一緒に頼む。
航空券の値段が大学生の休みの期間でも安くなる時期を希望。2週間のホームステイに決める。
その語学学校のパンフレットをもらって、ウキウキしながらそれを読み返していた。初めて、英語で書かれている本物の英語に触れている気がしてうれしかった。
本屋で、短期留学で使う英語の本を買った。このとき、初めて自分が勉強したくて勉強しているという感じに持てて、うれしかった。勉強はできるほうだったけど、テストで良い点を取るために、良い大学に行くための勉強しかしたことがなかったことに気づく。自分のために勉強するという初めての感覚が心地良かった。。
そして、出発の3月へと時間は流れていく。
2.初めての冷たく・暖かかった空気
2-A.「異空間な飛行機」
そして、出発の3月になる。ずっと楽しそうとワクワクしていたものの、日が近づくにつれて少しずつ不安も過ぎる。
初めての飛行機、、、地球の歩き方を購入して入国管理の通り方とかをしっかりと予習。
とにかく緊張した、雨の降る夕暮れから夜になった成田空港。
乗り込んだ飛行機は今はなき、、、カナディアン航空。たしか出発は夕方で、バンクーバー到着は昼過ぎであった。
当時、エコノミークラスは個別の映画等を見るモニターがなかったので、全体のモニターのテレビは見づらかったか、ラジオを聞いていた。
眠くないけど、瞳を閉じながら、、、
ジャズとか、ピアノとか、、、これから起きる未知なる世界への期待を浮かべて。
日本の夕方出発だから、すぐに窓が閉められて、、、飛行機の中は暗い世界。
時間の感覚がよくわからないまま、、、時が過ぎて、、、
アナウンス「間もなく当機はバンクーバー国際空港に到着いたします。」
そして、窓が開けられて、、、現実の世界に戻る。
もうすぐ、、、初めての海外の地に降り立つ。
再び、、、緊張が戻る。2週間もどうなるんだろう?
そして、初の海外、英語とか話せないし大丈夫なのか?
これまで、希望のみで隠れていた心配が、、、どっと押し寄せてきた。
2-B.「初めての感覚」
そして、バンクーバー国際空港に到着。
留学斡旋会社を通じてホームステイ先の家族が空港まで迎えに来てくれるようになっていた。
同じように頼んでいる人がたくさんいるのか、、、名前のプラカードを持った人が空港の出口に群がっていた。
「自分の名前あるのか?なかったらどうしよう。。。」なんて、、、考えながら、辺りを見まわす。
「!!!」
「あった。」、、、自分の名前を持っているおじさんに近づき、、、
おじさんについていき、彼の車で空港を後にする。
初めて見る外国の風景。
何を見たかあまり覚えていない。
ただ、、、「カナダにもセブンイレブンあるんだ。。。」って言いたくて、、、車がセブンイレブンを通った時に「Seven Eleven!!」って言ったのを覚えている。
とにかく、、、よくわからない環境に緊張して、、、飛行機の体力的な疲れと共に、、、気疲れしていた。
そして、車でしばらく走って、、、彼の家に到着して、、、そのホストファザーと共にマザーにも会う。
外国へ来たと言う初めての感覚を体が飲み込めずに、不安が心を支配していた。
2-C.「心の変化」
初日の夜、、、不安で寝てもすぐ起きて、窓をぼーっと見ていた。
考えみると、、、自分の部屋を持つのこと自体もはじめてであった。
5人家族で東京のせまいアパートに住んでいて、1人きりで部屋にいるっている経験はほとんどない。
人生初めてで、、、感じたいことのないさみしいような不安なような感情があった。
バンクーバーには日本人がワーホリ、留学等でたくさんいるって、、、この時点で知らなかった。
「外国=異国」という図式しか持ち合わせていなかった。
だから、、、英語わからないし、2週間だけだけど、、、、「どうなるんだろう?」という未知への不安もあった。
正直、、、この初日の夜に寝れずに、、、「帰りたい。来なければよかった。どうして来たいと思ったんだろう?」
そんなことが脳を過ぎっていた。
こんな思いと共に、寝つけずに、、、夜の静まり返った家の前を通る車の音だけが、、、聞こえていた。
そして、窓を開けると3月なのに、感じたことのなかった切れるような寒さがそこにあった。
次の日、、、ホストファミリーが町を語学学校への電車の乗り方と街案内をしてくれた。
つれていってくれたのは、、、グランビルアイランドと言う、、、バンクーバー内にある小さな島でお店が固まっている場所。
初めて見る外国のお店、、、新鮮な野菜、果物がきれいに積み上げられていた。
なんとなく、ウキウキする雰囲気、、、軽食を取ろうと言うことになって、
そこでパンを買って、席に座って食べることになる。
なにやら、ホストマザーが近くの人と話を始める。
「知り合い?」と思ったら、たまたま席が近かった人だった。
「知らない人とでも気軽に話をしてもいい。」というのが衝撃的だった。日本ではほとんどないでしょう。
またこの時、自分の中で何かが少し変化した。
まわりの人たちを見ていると、なんか楽しそうに話をしながら時間を過ごしている。
そんな表情や街の暖かい雰囲気が感じ取れた。
この楽しそうな雰囲気が、自分が探していた「なにか」のヒントなのかな?
そんなことを考え始めた。そして、、、「来てよかったのかも。」と少しずつ感じるようになり、張り詰めていた自分の中での不安が少し和らいだのを深く覚えている。
3.語学学校と新しい出会い
3-A.出会いと生活
そして、いよいよ語学学校がはじまる。
月曜日にレベル分けのテストとオリエテーションのために、初めて1人で電車に乗って登校。
学校に到着。どうやら日本人が多いみたいだと思ったら、
「バンクーバーは日本人が多くて、語学学校には日本人がたくさんいる。」という事実を知ることになる。
がっかりすると同時に、日本語で話せる人がいて、、、かなりホッとしたのを覚えている。
「英語だけの生活は無理。」という不安があったから、日本人の友達ができてうれしかった。
そして、レベル分けの結果。
スピーキングは6段階くらいある中から一番下のクラス。文法は下から2番目のクラスだった。
英語なんて話したことないし、話せるようになるともあまり思っていなかったし、当たり前の結果なので、一番下のクラスでも気にならなかった。
朝9時にホストマザーが作ったサンドイッチを持って、スカイトレインと呼ばれる電車でバンクーバーの景色を見ながら登校。
学校が終わったら、日本人の友達と街を散策。
2週間しか滞在しなかったけど、この毎日が楽しかった。初めて学校に行くのが楽しかった。
そして、授業では初めて日本人以外の人たちとも接することになる。
韓国人、台湾人、ブラジル人、ヨーロッパ人も少し、、、でも、お昼の時間とかは共に下のクラスで一緒の韓国人、台湾人とよく接するようになる。
お互い、英語があまり話せないので、台湾人とは感じを漢字をコミュニケーションしたり、また、韓国人とは発音が似ている「三角関係」とか何とか言って、楽しく会話のようなものをしていた。
また、国が近いので、文化もなんとなく共通なものがあるから、身振り手振り、または英語の筆談でコミュニケーションして楽しかった。中国人とは、漢字の筆談をしたり。
また日本人も海外にいるという感覚からか、お互いフレンドリーになれた。
朝会ったら知らなくても、同じ学校にいるからあいさつできたり、、、このオープンな雰囲気が好きだった。
3-B.語学学校授業
会話のクラスは一番下だったので、「Can you~?」みたいな中学1年生程度の表現を使った英語の練習だった。
また、ミスタービーンの映像を見て、次にビーンがどんな行動を取るかをお互いに英語で説明したりと、最初から2週間だから英語力向上はあてにしてなかったので、楽しんで参加しているだけな感じ。
ほとんど、なんて言っていいかわからないので、文章じゃなくて、単語を言うだけでした。
日本人のクラスメイトもたくさんいたので、ときどき、先生にわからないように日本語を使ったり。
当時は、「英語を少しでも話せる人=海外で何年も生活した人」、そして、英語の発音は直せない、と思っていたので、英語を少しでもかっこよく話せる人が見ると、「この人は長い間海外ですごしたんだな?」と思っていた。
しかし、語学学校の授業に参加して、、、この考えに変化が起きる。
こんな授業にいくら参加しても、英語ができるようになるのか?
英語はやっぱり、小さいころから海外にいないとできるようにならないんじゃないか?
それとも、自分で勉強してもなんとかできるものなのか?
こんな疑問から、後に日本で英語の勉強法を研究して、「再び海外へ出たい!!」という強い想いと共に、日本で独学で勉強してTOEIC955、TOEFL263(CBT)まで持っていった。
この語学学校の経験は英語力にはなんの影響もしてないけど、英語に対する考えには非常に影響を与えてくれたと思っている。
しかし、考えてみると、、、語学学校でこんな「Can you~?」から自分の英語ははじまった。
とにかく、英語で英語の授業をするという新鮮な環境が良かった。
先生の言っていることはわからないことが多かったけど、日本人がいたので日本語でこっそり、「何て言った?」と聞いたりしながら、授業を通してオープンな雰囲気で学べるのが楽しかった。
そして、あっという間に新鮮で楽しい2週間は過ぎて帰国。
4.満たされていないなにか
この短期の語学学校研修は、当時、大学生の自分が満たされていない「なにか」を探したくて、行動を起こした結果だったんだけど。
この「なにか」は、自分への改革だったんだと思う。
大学に行っていたものの、社交性とかあまりないので、友達はいたけど、、、なじんでいる感がなかった。
そして、大学で勉強していることも、なんとなく単位を取るために勉強していて、、、「これでいいのか?このままでいいのか?」
「なにかを変える必要があるんじゃないのか?」って自分に対して無意識に強く感じていたんだと思う。
この海外の経験によって、「まだ若いのに本気でやりたいことがない今の大学にいたくない」という勝手な思いが強くなり退学、日本の社会からははずれていくことになる。
親には申し訳ない気持があったけど、自分の満たされない想いとが交錯していた。
時間が増えて、自分と向き合う時間が嫌でも増えていく。
そして、人生は変わっていった。
、、、つづく、、、








