乳がん患者さんのAさんは,乳がん告知のショックからも立ち直り,手術を終え,4回の抗がん剤治療を受けています。Aさんは36歳独身の会社員ですが,抗がん剤治療中は体調がすぐれない時が定期的に訪れるので,思い切って1年間の休職を予定しています。脱毛していくことを告げられたのがショックで,私の外来にやってきました。私はすぐさまウイッグの購入を勧めました。そして,可能だったらショートヘアーにすることも勧めました。長い髪の方のほうが,脱毛していく現実に向き合う際のショックが大きいという患者さんが多かったので,その理由と共にショートヘアーを勧めます。大抵は同意していただけるので,次には,「そのショートヘアに合いそうな長さのウイッグを購入し,いつも行っている美容院の方に説明して,短くした髪と同じようにウイッグを調整してもらいましょう」と説明すると,大抵の患者さんには納得していただけます。しかし,続けて「1年後に復職する時にはまだショートヘアのウイッグかもしれませんが,同僚の方はびっくりしますよね?」と言うと,患者さんは大抵考え込みます。復職までの1年間の過ごし方や復職の仕方でも考えているみたいです。

 

 そんな時に,テレビの番組で,役者さんが幕と幕の間で,お化粧を整えている場面が映っているのをぼんやりと見ていました。衣装も変えるらしく2人くらいの方が手伝って,急いで変えています。メイクの方も2人掛かりで,お化粧だけでなく髪型も変えています。みんな大忙しです。大道具の方も何人もで舞台を変えていますし,小道具の方も次の幕の役者さんの持ち物等を準備しています。これが主役の方だけなく,次の幕でも連続して出演する俳優さんの周囲でも,皆さんがてんてこ舞いになっています。「まくあい」と聞こえたので画面を見ると「幕と幕の間」と書いて「まくあい」と読むことがわかりました。この幕間の時間に客席を見ると,お客さんたちは飲み物やおやつを買いに行ったり,トイレに行ったり,おしゃべりしたりする騒がしい時間帯です。

 こんな場面をボンヤリ見ながら,私の患者さんたちを役者さんに例えると,第1幕と第2幕の間,つまり「幕間」の忙しい準備状況に匹敵するのではないかと思えてきました。この幕間の時間を,自分自身の「人生の第2幕」をどうすればいいのかを考え,具体的に準備する時間だととらえれば,Aさんもこの「休職期間」を積極的にとらえられるのではないか,と思ったのです。

 

 また,10年以上前に大腸がんの手術を終えたBさんは,今は睡眠導入剤だけを定期的に取りにいらっしゃいます。ところがある時,「私はもう59歳で来年になったらもう定年なんです」とおっしゃいました。会社勤めをしたことがない私は「定年になったらどうなるんですか?」という初歩的な質問をしました。「60歳で定年になったら,私の会社では,65歳まで1年毎に再雇用の更新をしてもらいます。でも,同じ仕事をしていても,給料は半分になるんですよ」と不満げに話します。つまり,定年までのこれからの1年間は,Bさんにとって「人生の第2幕」までの貴重な「幕間」に相当することになるのです。ただ,何もしないで半分の給料の職に移行するだけでなく,この「幕間」を利用して,たとえば何かの資格を取るだけで,定年後の仕事に副業が加わるか,何かやり甲斐のある仕事を始めることも可能になってくるのです。

 

 そこで,本書では,いくつかの「幕間」の場面を想定して,考えてみようと思っています。具体的には,定年退職前の1,2年間や,がん治療などで休職を余儀なくされた患者さんにとっての治療の期間や,親や配偶者を亡くした後の悲嘆(グリーフ)の期間や,親を介護している期間さえも,本書では「幕間」ととらえてみました。そして,その貴重な「幕間」の時間を使って,自分自身の「人生の第2幕」をどうしていくのかを考えていただくために,いろいろな理論を取り上げたり,いくつかの事例も取り上げ,提案してみました。

 さあ,あなたも,ある意味では既に「幕間」にいらっしゃるのかもしれません。または,もっと先に「幕間」が待っているのかもしれません。いずれにしても,誰にとっても「人生の第2幕」はやってきますし,その直前は「幕間」ですので,この機会にいっしょに考えてみようではありませんか。<同書まえがき,から>