PSYCHO村上の全然新しくなゐ話

PSYCHO村上の全然新しくなゐ話

発売より時間が経過したアルバム、シングル、DVD、楽曲等にスポットを当て、当時のアーティストを取り巻く環境や、時代背景、今だから見えてくる当時の様子などを交え、作品を再検証。

Love Fixxxer/CANTA

思い返せば、ルーク篁氏(Vo.g)が聖飢魔Ⅱの本活動中に発表したアルバム「篁」(1990年)は、様々な愛の形をテーマにした作品だった。そして、CANTAとして発表した本作「Love Fixxxer」(2017年)もまた、愛がテーマになった作品だ。

 

実は「篁」と「Love Fixxxer」は、時を超えての繋がりを持つアルバムである。偶然か必然か。何とも興味深いエピソードと言えまいか。

 

地球デビュー30周年記念の期間限定再集結を終えた聖飢魔Ⅱは、2016年2月の日本武道館ミサで地獄に姿を消した。その後、ルーク氏は「篁」発表から25周年を記念したツアーを同年の夏に行った。これは悪魔の姿でステージに立っている。

 

このライヴでは「篁」に収録された楽曲が、全曲セット・リストに取り入れられた。25年の時を経て、改めて「篁」収録曲と向き合ったルーク氏は、意識的なのか、無意識の次元なのか定かでないが、コンセプトがCANTAの次作に投影され「Love Fixxxer」が完成している。

 

さて、歌詞のテーマが「篁」と共通する部分が多い本作であるが、音楽的にはCANTAとして新境地を見せたサウンドである点を特筆したい。それは前作「My Generator」(2013年)にも表れていたように、デジタル・サウンドの導入である。

 

本作では、そのデジタル効果が前作以上に取り入れられ、バンド・サウンドと融合。CANTAとして、更なる音楽性の進化を提示する事となった。それが顕著に表れているのが、1曲目「LOVE FIXXXER」や4曲目「EVERBODY NEEDS SOMEBADY」である。

 

シンフォニックな幕開けから、ロック・サウンドに展開する「LOVE FIXXXER」、眩いばかりのデジタル音がイントロに採用された「EVERBODY NEEDS SOMEBADY」と、デジタルと生バンドの融合が具現化されている。

 

「FEEL YOUR LIGHT」にも注目したい。大幅にデジタル音を取り入れたサウンドのみならず、ドラムも生音に加え、部分的にデジタル・ビート風味の音作りになっている。ルーク氏のヴォーカルも音声加工されたパートがあり、よりエレクトリックな仕上がりに。

 

尚、本曲はアルバム収録前から既にライヴで披露されており、当時は「FEEL THE LIGHT」というタイトルだった。その後、アルバム収録に当たり「FEEL YOUR LIGHT」となった。

 

デジタルの導入に注目が集まる一方で、「Bound for Freedom」は純粋なロック・サウンドと呼べる楽曲。ある意味、CANTAの伝統的な音作りと言える。歌より前に出る事はせず、しかしながら存在感を放つMASAKI氏(b)のベース・ラインが素晴らしい。

 

また、CANTAと言えば、ルーク氏が作るバラード系の楽曲がファンに定着している。本作では「YEARS」「あなたに」「Companella」があり、バラード軍の充実も見逃せない。

 

「Virginity」は、2017年から2018年頃のライヴで頻繁に演奏されており、サビに導入されたヘイ!という掛け声のパートがライヴで映える。本曲もデジタルの色合いが強い音作りに。

 

歌詞が興味深いのは「Madness」。様々な愛のカタチを歌ったアルバムであるが、本曲は人を愛するあまり私生活に介入したり、着け回したり、ゴミ袋を漁ったりと、その領域まで行くと狂気・・・即ち「Madness」であると歌っている。当時、ルーク氏が解説していた。

 

本作の締め括りとなるのが、壮大な「My Dear Friend~世界は寂しいで出来ている~」。クラシカルなピアノの音色と、ロック・バンドが作り出すディストーション・サウンドが融合した1曲。

 

「My Dear Friend」とは、想いを伝えられず恋愛関係になれなかった相手の事と思う。実らぬ恋の苦しさを引き摺りながらも、年月の経過と共に、それらが思い出に変って行く。

 

世の中、人の数だけ実らなかった恋愛があり、それの連続で時代は進んで行く。その感情を広い視点で見たら、正に「世界は寂しいで出来ている」である。聴いた時の世代や、人生経験によって歌詞の意味や印象が変化するに違いない。

 

例えば本曲を10代の時に聴いて歌詞が理解できなくても、人生経験を積み、30代になって聴くと歌詞の内容が染みる・・・といった感じに、ルーク氏が紡いだ言葉の深みにも注目したい。

 

アルバム「篁」で提示したテーマが、時を超えCANTAの作品として新たに宿る。長き時代を経て生まれた兄弟と解釈してみれば、「篁」と「Love Fixxxer」それぞれの立ち位置が明確になりそうだ

 

 

 

 

 

 

 

神飢狼 立川バベル  2026.2.14

神飢狼の物語は続いている。昨年(2025年)11月に立川バベルで開催されたクエスト内で告知されたように、2月14日、楽団は立川バベルのステージに戻って来た。これが2026年最初のクエストとなった。

 

新たな魔族の登場、運ばれたある物の正体とは・・・。物語の続きを示唆する事前情報も含め、興味津々のステージが行われている。イヴェントは17時30分から始まっており、神飢狼の出演は18時50分から。

 

しかしながら、細部に至るまで徹底したエンターテイメントに拘る神飢狼だけに、セット・チェンジの間にも、その世界観を表現する選曲のBGM、効果音、ナレーションなどがフロアに流される。

 

本編開始を前に、リリー氏の声で「魔国での仕事が多忙のため、今日のクエストには行けない」と、欠席の知らせがあった。その後、場内が暗転。荒野であろうか。風景を想像させ、ムードを演出する効果音と共に、ステージには何者かの2名が登場。

 

長老と呼ばれる老人と、女性魔族ルネのようだ。2名のやり取りから、神飢狼を呼び込む流れとなりSEが続く。マティアス氏(g)、アンサズ氏(b)が登場し定位置に就く。ドラマーの席には、ファンにお馴染みギリペニ氏が就いた。

 

楽団がイントロダクションを鳴らし、ステージが明るく照らされる。マティアス氏が「神飢狼、参上!」と言い、骨太なギター・リフを弾き始めた。オープニング・ナンバーは「リヴァイア」だ。

 

春京氏(Vo)が登場し、アクションを交えながら歌う。ハイ・トーンが美しい。サビになるとリズムのアクセントに合わせ、マティアス氏とアンサズ氏が楽器のネックを振り、メタルのライヴらしいパフォーマンスが繰り広げられた。

 

2バス連打の疾走曲で、フロアは一気にヒート・アップしている。「リヴァイア」のエンディングから音を継承し、「Phantom Phoenix」に流れ込む。ギターの戦闘的なリフ、それに対比するように美しいピアノの音色が印象的だ。

 

間奏ではマティアス氏が、テクニカルなフレーズを交えたギター・ソロを披露。戦闘的なビートを支える、アンサズ氏のベース・ラインとグルーヴも見逃せない。マティアス氏とアンサズ氏は、ステージ左右の立ち位置を入れ替わりながらプレイしている。ラストのサビの繰り返しになると、シンバルの音が多用され、エンディングに向かって熱量が高まる。

 

連続で演奏は続く。カウントから始まったのは「Wicked Soul Eater」だ。本公演での「Wicked Soul Eater」は、劇を交えて特別な構成になっている。中盤で演奏が止み、長老とルネ氏が再びステージに姿を見せた。

 

この2名とマティアス氏は久々の再会らしい。この日は2月14日。人間の世界ではヴァレンタイン・デーである。「贈り物がある」という話に、マティアス氏が「まさか、チョコレートではないだろうな」と返し、フロアから笑いがあった。

 

贈られたのはチョコレートではなく、クリスタルに輝く「魔水晶」だった。これは魔族にとって、重要なアイテムのようだ。「せっかくなので、演奏に参加したらどうか?」とマティアス氏が2名に提案。ここに新生・神飢狼の誕生である。

 

ルネ氏がコーラスで参加し、「Dead Or Alive」「Fight For Freedom」がプレイされた。長老はチェロ風の民族楽器(?)を持って登場し、随所でパフォーマンスを披露している。

 

ラストの「Fight For Freedom」は疾走ナンバーだけに、フロアの熱気も最高潮に達する。春京氏のクリーンなヴォーカルに加え、アンサズ氏が各パートでデス・ヴォイスを導入。マティアス氏のテクニカルなフレーズも決まり、クエストはフィナーレを迎えた。

 

魔族がステージを去った後、次なる戦いを告知するナレーションが流れた。次回は3月29日に吉祥寺で開催されるようだ。神飢狼の旅と戦いは、まだまだ続く。

 

セット・リスト

 

①リヴァイア

②Phantom Phoenix

③Wicked Soul Eater

④Dead Or Alive

⑤Fight For Freedom

Damian Hamada’s Creatures「Neo Apocalypes Tour」渋谷WWWX 2026.2.1

・・・続き。

 

演奏を終えるとダミアン陛下が、日頃の感謝を込めて悪魔物品(ダミアンナッツ)を観客にプレゼントすると言う。名付けて「魔界UFOリリーサー」というらしい。投げ込むのでUFOキャッチャーではないのだ。

 

ダミアン陛下が左右上下に手を動かし、リリス氏がストップの合図を送る。止まった位置にプレゼントが投げ込まれる。今回は大サーヴィスで、KAZAMI氏の合図によって2回目のプレゼントが投げ込まれている。

 

ダミアン陛下が、次に演奏する曲は「Running Like a Tiger」と紹介し、演奏がスタート。ダミアン陛下とアックス氏が主要なツイン・ギターを弾く。シエル氏は虎の手を模った縫いぐるみを手に着けて歌を披露。ここ数年で定着しているパフォーマンスである。フロアでも虎の手を持参した信者・ファンが、それを持って盛り上がっている。

 

間奏のツイン・ギターは、前半をダミアン陛下とアックス氏が弾き、後半をRENO氏とアックス氏が弾く割り振り。これも近年のライヴにおける段取りが、今回も再現された形に。雄大且つ勇ましく楽曲が進行した。

 

「Running Like a Tiger」終了後、ダミアン陛下は一旦ステージを去る。以降の演目は、若き改臓人間の方々のみでの演奏になった。

 

続いて、重厚なコーラス・ハーモニーが場内を包み込んだ。名曲「Tears in the Rainbow」の登場だ。冒頭のコーラスは、サンプリング+シエル氏の生声で披露され、バンドがディストーション・サウンドでアクセントを付ける。

 

RENO氏とアックス氏の強烈な泣きのメロディ、そしてRENO氏のソロ・フレーズが聴き手の感情を揺さぶる素晴らしいプレイだ。間奏後のサビの繰り返しパートでは、シエル氏の歌のバックでアックス氏が魂を込めたフレーズを披露。

 

やがてアックス氏のギター・ソロになり、エンディングへと向かって緊張感を高めて行く。最後にギュィ~ン!とギターをフィードバックさせ、ロックらしいノイズを発する。そこからKAZAMI氏が繊細なピアノ・ソロを弾き、演奏は締め括られた。

 

そこからKAZAMI氏がピアノで美しいメロディを奏でる。そこから「Eternal Sinner」に突入。聖典「運命の支配者」(2023年)収録の楽曲であるが、ツアーを重ねる毎に演奏が更にタイトに、更に邪悪になっていると感じるヴァージョンだった。

 

次のMCでは、RENO氏が観客を煽る。そして、東京タワー派のRENO氏と、東京スカイツリー派のアックス氏でバトルという名の、どちらが上かとの討論が繰り広げられる。634メートルの東京スカツリーに対し、「長さじゃない」と反論するRENO氏と「長ければいい」と言うアックス氏。

 

「長さ!」「長さじゃない!」とステージ上で討論が繰り広げられ、客席からは「硬さも大事!」とヤジが飛ぶ。もはや何についてのバトルなのか、正統的な話か下ネタなのか曖昧になり、フロアからは笑いが沸き起こる。バトルは言葉からギターへと発展。

 

RENO氏とアックス氏がフル・ピッキングを用いた速弾き、タッピング、スウィープなど技巧派のフレーズを交互に披露し、徐々にステージ中央に接近。やがて胸ぐらを掴んだかと思えば、衝撃的なキスの展開となり、フロアからはファンの悲鳴にも似た叫び声が聴かれた。

 

シエル氏が「長さか、長さじゃないのか」という話を引き継ぎ、「審判の日」の演奏に突入。KAZAMI氏が叩く2バスの疾走リズムを軸に、楽曲はファストに進行。ツイン・ギターのハートを経て、シエル氏が観客をヘイ!ヘイ!ヘイと煽り、観客も拳を突き上げて反応している。

 

ここからは「Omen from Pandemonium」「愛と殺戮の輪舞曲」と、新聖典「新世界黙示録」からの曲が続き、ステーにジ新鮮な空気が吹き込む。活動絵巻聖典・・・いわゆるミュージック・ヴィデオにもなっている「愛と殺戮の輪舞曲」は、ライヴ空間のエネルギーが加わって、映像よりも一段とパフォーマンスの切れ味が鋭い。

 

エンディングでシエル氏がダミアン陛下を呼び込む。紫ボディに虎目柄のギターを持ったダミアン陛下が再登場。トリプル・ギター編成になって「Bable」「666」を演奏。ステージ中央のお立ち台にダミアン陛下、左右にRENO氏とアックス氏、そしてシエル氏とリリス氏も前に出て演奏し、豪華絢爛な光景が見られた。

 

メンバーがステージを去ると暗転。D.H.Cコールが沸き起こった。5分少々が経過したところで、ツアーTシャツに着替えたKAZAMI氏が登場。ツアーを振り返り「(観客に)気期待していたが、期待以上だった!」と述べ、大きな拍手と歓声があった。「初めてD.H.Cのライヴに来た人」と統計も行われている。

 

KAZAMI氏がシエル氏を呼び込む。11月に6周年を迎えるD.H.C.であるが、「6」という数字に拘る集団だけに「大聖典とか、ライヴとかゴニョゴニョ・・・」と、まだ正式に発表されていないが、ありそうな予定を述べ、フロアからは拍手があった。

 

次に登場したRENO氏は「初めてD.H.Cのライヴに来た人・・・あ、もう訊いたの?」と言い、フロアからは笑いが。「我々は改臓人間として参加しているが、それぞれが自分のバンドだと思って責任を持って臨んでいる」「ここにいる人が、あと6人ずつ連れて来てくれたら、またZEPP SHIJUKUでライヴができる!」と述べた。

 

リリス氏は、まずSNS用の写真撮影を。客席をバックにメンバーが並び、撮影が行われている。リリス氏もまた、現在のD.H.Cが「バンド」として大変良い状態にあると強調。今後の抱負を述べている。

 

アックス氏はスタッフ、信者、ファンに感謝を伝えつつ「しっかりチュウニングして弾きたい」と意味深なコメントを発し、フロアの笑いを誘う。チューニングではなく、チュウニングなのがポイントである。

 

最後にダミアン陛下が姿を見せ、ラスト・ナンバー「嵐が丘」がスタート。観客は拳を突き上げて盛り上がり、ロック・コンサートらしい光景が見られた。中盤では、メンバー紹介が行われ、KAZAMI氏のドラム・フレーズ、リリス氏の派手なベース・プレイが炸裂。

 

ダミアン陛下のギター・ソロ、RENO氏とアックス氏のハーモニーへと展開。シエル氏のヴォーカルも更なる熱量を帯び、曲はエンディングを迎えた。改臓人間の方々がステージ前に集まり、ダミアン陛下が司会となって互いをねぎらう「グー!」のコーナーが行われ、ツアー千穐楽は幕を閉じた。

 

確かに、デビュー時のD.H.Cは企画モノ、プロジェクト的な色合いがあった。そこから唯一無二の「バンド」として発展させたのは、現メンバーである第2期 改臓人間の方々の頑張りによるものである。

 

このメンバーで迎える6周年。悪魔的である「6」を最強の布陣で迎えるのは、運命や縁による巡り合わせかも知れない。この冬、何が起こるのか、その続報を待とう!

 

セット・リスト

 

①聖詠

②Sending the Bible to Hell

③Ladyrinthos for Frozen Heart

④天国に棲む悪魔へ

⑤魔王凱旋

⑥満月が目を閉じる時

⑦魔城の翼

⑧Running Like a Tiger

⑨Tears in the Rainbow

⑩Eternal Sinner

⑪審判の日

⑫Omen from Pandemonium

⑬愛と殺戮の輪舞曲

⑭Bable

⑮666

 

アンコール

・嵐が丘

 

 

 

 

 

 

 

Damian Hamada’s Creatures「Neo Apocalypes Tour」渋谷WWWX 2026.2.1

五線譜に書かれた音符に命を吹き込み、聴き手の魂を揺さぶる「音楽」として奏でる。それがバンドである。Damian Hamada’s Creaturesの「Neo Apocalypes」ツアーは、その「バンド」が重要なキーワードになるツアーだった。

 

本ツアーが開催される前、D.H.Cは最新聖典「新世界黙示録」(2025年)を発表している。スタジオ盤である分、作品としてキッチリと作り込まれている一方、ここ最近のライヴに渦巻くバンドとしての強靭なエネルギーが各楽曲に宿るアルバムと感じた。

 

ダミアン浜田陛下の楽曲であり、D.H.Cと判るサウンドはそのままに、演奏が よりタイトに、よりスリリングに進化。アンサンブルとグルーヴ。このメンバーだからこそ生まれたバンド・サウンドとして、作品に収められていた。

 

最新聖典で見せたバンドとしての魅力は、ステージにおいて無限に広がるエネルギーの如く、オーディエンスを呑み込んでいった。もう抜け出す事のできない魔力として、人々の心を魅了したのである。

 

1月から始まった今期「Neo Apocalypes」ツアーは、福岡、広島、大阪、名古屋、仙台と廻り、ファイナルとして東京公演が行われた。会場は、昨年(2025年)6月にもライヴを行った渋谷WWWXだ。

 

公演内のMCで「前回より動員が増えている」という話があったように、スタンディング・フロアは満員だった。開演直前には入口周辺に人が密集したのか、「一歩前に詰めてください」とスタッフによる呼びかけがあったほど。

 

18時になると、満員のフロアに陰アナウンスの声が響いた。KAZAMIクロウリー氏(ds)の声だ。場内を盛り上げつつ「可能な限り、前に詰めてください」と呼びかける場面も。それだけフロアが満員状態という事だ。

 

KAZAMI氏が先導しD.H.Cコールが沸き起こり、場内は暗転。大音量で「聖詠」が流れる。D.H.Cのライヴの幕開けを告げるSEである。後方に掲げられたD.H.Cの紋章がムードを醸し出す。改臓人間の方々が順にステージに登場。大きな拍手と歓声をもって迎えられた。

 

「聖詠」が終わると、間髪入れずに リリス一ノ瀬氏(b)が弾くベースの重低音、そしてKAZAMI氏が叩くタメを効かせたドラムが足元を振動させる。オープニング・ナンバーは新聖典に収録された「Sending the Bible to Hell」だ。リズム隊の演奏は、身体の芯まで震わせるヘヴィさがあった。

 

ステージ中央に立つ さくら’シエル’伊舎堂氏(Vo)は、全身から邪悪なオーラを発散しながら、本曲の歌詞の世界観を表現。サビにおける刃物の如く鋭いヴォーカルが、見る者を非現実的な空間へと惹き込んで行く。

 

そのヴォーカルのみならず、全身で表現するシエル氏の歌唱は、オーディエンスを東京の渋谷から引き離し、魔界、地獄の世界へと惹き込む、強烈な力がある。中盤になるとRENOファウスト氏(g)がソロを披露し、アックスKAZUMA氏(g)と共に、美しいツイン・ギターのハーモニーを奏でた。

 

演奏が終わるとバロック調のメロディが流れ、シエル氏が「渋谷!全力で盛り上がっていけますか!」と叫ぶ。「Ladyrinthos for Frozen Heart」に突入し、KAZAMI氏の疾走リズムが屋台骨に、メタリックな演奏が繰り広げられた。

 

本曲は、合間に観客が参加できるパートがあり、ヘイ!ヘイ!と叫びながら拳を突き上げている。激しく照明が点滅する中、RENO氏とアックス氏はステージ左右のお立ち台に昇り、ツイン・ギター、及びギター・ソロを披露。髪を振り乱しながら、ヘッドバンギングを繰り返すシエル氏の姿も印象的であった。

 

続くは「天国に棲む悪魔へ」。元々はダミアン陛下が、悪魔のキッスに提供した楽曲であるが、D.H.Cのライヴでも頻繁に演奏され、新聖典「新世界黙示録」に収録された経緯がある1曲。いわゆるセルフ・カヴァーだ。

 

シエル氏のヴォーカルに加え、本曲では部分的にリリス氏のヴォーカルも聴ける。恐らく複数人で歌うのを前提に書かれたヴォーカル・メロディと思うので、D.H.Cとして演奏する際には、この割り振りになったと考察する。ライヴ開始から3曲が新聖典の楽曲で、今のD.H.Cを存分に堪能できるオープニングとなった。

 

暗くなった場内に、重厚なシンセ・サウンドが響き渡る。今ツアーもドラム・セットの横にキーボードが設置されており、ここで聴けるSE的な曲はKAZAMI氏による生演奏だ。

 

厳粛な空気の中、ステージ上にあの方の姿が見えた。もちろん、ダミアン陛下である。フロアから大きな歓声と拍手が上がった。ダミアン陛下がポーズを決めた後、バンドがイントロダクションを奏で、ステージが明るく照らされる。

 

ダミアン陛下は、今期から新たなギターを御使用。紫のボディに黒の虎目が入ったデザインのギターだ。ステージ中央に立ち、そのギターで弾き始めたのは「魔王凱旋」である。フロアから一層大きな歓声があった。

 

ツイン・ギターのメロディを弾くのは、ダミアン陛下とアックス氏。RENO氏はバッキングのパワー・コードを弾く。後半の3連符のパートは演奏されず、「魔王凱旋」の中盤からコーラス・ハーモニーのサンプリングが続く。

 

これまた新聖典からの選曲「満月が目を閉じる時」だ。本曲は、ダミアン陛下を含むトリプル・ギター編成でプレイされた。歌の合間に入る、KAZAMI氏の戦闘的なスネアのリズムが、良いアクセントになっている。

 

ダミアン陛下が中央でバッキングを弾き、ステージ左右ではRENO氏とアックス氏が、テクニカルなフレーズを連発。圧巻の光景がそこにあった。

 

演奏を終えると、ダミアン陛下が「諸君!私だ!」とお馴染みの挨拶。フロアから陛下!と声援が飛ぶ。話題は新ギターの話へ。「殿下時代のヤンチャな黄色から、高貴な紫となった!」「制作に1年半を費やした。その分、良いギターができた」と述べている。

 

ここまでの演奏曲について、ダミアン陛下が1曲目を「Sending the Bible to ‘Hill’」と紹介。そして「Hillじゃなかった、丘に行ってどうするんだ!Hellである」と言い直し、フロアから笑い声があった。

 

次の演奏に繋がる曲フリを経て、SEが流れる。「魔城の翼」がスタートし、フロアでは拳を突き上げる観客の姿が多く見られた。ダミアン陛下とアックス氏が弾く、ハーモニーが美しい。バッキングでサウンドを支えるRENO氏も見逃せない。

 

続く・・・。

 

 

 

 

 

 

 

 

アラウンド・ザ・ワールド・イン・ア・デイ/プリンス・アンド・ザ・レヴォリューション

プリンスのキャリアの中で、アルバム「パープル・レイン」(1984年)は代表作であり、商業的にも大成功した作品だ。御本人が主演を務めた同名映画のサントラ盤でもある。

 

確かに「パープル・レイン」は名作であり、収録曲も素晴らしい。だが、プリンスのアーティストとしての本質が更に発揮したのが、本作「アラウンド・ザ・ワールド・イン・ア・デイ」(1985年)ではなかろうか。

 

この時期、プリンスは「もう「パープル・レイン」のようなアルバムは作らない」といった趣旨の発言をしていたらしい。誤解を生むとアレだが、これはアーティストとしての決意であり、今を生きるアーティストとしての前向きな発言である。

 

実際、本作「アラウンド・ザ・ワールド・イン・ア・デイ」は、前作「パープル・レイン」から作風がガラリと変わった音楽性のアルバムだ。楽曲について語る前に、本作の存在自体が、ある種、プリンスらしいという話をしたい。

 

プリンスは、所属レコード会社のワーナーと、長年に渡っての対立、意見の相違があったエピソードは有名だ。「パープル・レイン」が世界的ヒットしただけに、レコード会社は商業的にも第2の「パープル・レイン」を要求したのは間違いない。

 

しかし、プリンスは長い物に巻かれる事なく、アーティストとしての表現の自由を貫いた。まず、ペイズリー・パーク・レコードという独自のレーベルを立ち上げ、そこから作品を発表したのだ。それが「アラウンド・ザ・ワールド・イン・ア・デイ」だ。

 

表現の自由という点では、本作の作風、音楽性、そして楽曲すべてにも当てはまる。作風の変化は、ジャケットのデザインからも判る。摩訶不思議であり、宗教的とも言え、サイケデリックという言葉も連想する。

 

そのイメージとサウンドが直結するのが、アルバムの幕開けとなる「アラウンド・ザ・ワールド・イン・ア・デイ」だ。サイケな音色に始まり、インド風味のメロディが続く。一聴すると、前作「パープル・レイン」とは異なる雰囲気に驚くが、聴けば聴くほどクセになるメロディだ。

 

「ペイズリー・パーク」は、プリンスが「内面と向き合った曲。ペイズリー・パークは、自分だけでなく、誰しもの内面にある」といったコメントを残している。興味深いのは、本曲のタイトルが先にも書いた自身のレコード・レーベル名になっている点。本曲のテーマは、プリンスそのものをさらけ出したとも解釈できる。ジャケット・デザインの世界観にも通ずると言えまいか。

 

しっとりとしたピアノで始まる「コンディション・オブ・ザ・ハート」は、バラードと言うより、聴き手を別世界に誘うような浮遊感がある1曲。「ラズベリー・ベレー」は、キャッチーさがある仕上がりに。「タンバリン」もポップな曲調であるものの、リズムが複雑というか民族音楽的である。

 

本作収録曲の中で、最も判り易いのが「アメリカ」ではないか。ダンス・ミュージック的なノリがあり、ビートがはっきりしている。ライヴ映えする楽曲で、当時のステージでもプレイされた。「ポップ・ライフ」は、ベースのスラップ・プレイが印象的で、ファンキーな要素が強い。

 

「ザ・ラダー」は、どこか「パープル・レイン」を想起させる壮大なバラード。本曲は共作となっており、クレジットされているジョン・L・ネルソンは、プリンスの父親である。

 

映画「パープル・レイン」にて、父親の遺品から楽譜が発見され、かつて父も音楽家を志していた事を知るシーンがある。その楽譜が「パープル・レイン」で、プリンスが「父に捧げる」と言ってライヴで演奏し、映画は感動のラストを迎える。

 

実際にプリンスの父もミュージシャンであり、共作曲が「パープル・レイン」と似ている辺り、映画のストーリーは完全なるフィクションではないと思わせる。

 

アルバムの締め括りとなる「テンプテイション」は、ハードなギター・サウンドが鳴り響く。ここに来てハードロック的アプローチの楽曲登場だ。そこからブルーズ風味のリズムで、泥臭く進行。その中にも煌びやかさを感じるのがプリンスらしい。

 

本作は、多彩な音楽の要素を詰め込み、それをメジャーなフィールドに通用するように、プリンスが再構築した楽曲が揃っている。一聴しただけでは「パープル・レイン」より地味であり、キャッチーさの少ないアルバムと感じるが、聴き込むほどに味の出る作品だ。

 

前作の成功に居座らず、音楽性をガラリと変えたプリンスは求道者である。また、音楽性の変化は、ファンやリスナーに対する挑戦でもある。あらゆる点において、プリンスが真のアーティストであると感じさせる作品となった。