最高の苦しみは何か?   | 遠隔気功操作 サイキック覚醒丹道周天法

遠隔気功操作 サイキック覚醒丹道周天法

背骨内部を気が通る丹道周天、クンダリニー覚醒を体験したCOSMIC SHAMANが、気功・仙道、神秘行に対する
考察を述べるブログです。

 

     最高の苦しみは何か?  

劇団 「前回の記事は『少年野球』ということで、


      CSさんが少年野球をしていた時に
     (正しいボールの握り方)を

     教えられなかった話や、

 

     中日監督時代の落合が打撃不振に

     悩んでいた和田に打撃改造を指導した話

     だったんですよね。」

CS  「ハイ、そうです。」   

劇団 「ボクもボールに正しい握り方があると知りませんでした。」

 




CS 「前回の記事更新後に大阪在住50代男性受講者W さんから

         次回の受講申し込みのメールがあったのですが

    その時に以下のようなやり取りがありました。」

 

 

(以下はWさんとのメールのやりとりです)

 

 

Wさん: 今回の野球のボールの握り方は目からうろこでした。
      もしかして知っていたら、

      私のノーコンが多少ましだったかもしれません。

 

      他にも留意点があるかもしれませんが…

CS返信: 考えてみたら変化球も握り方で変わりますから
      かなり関係あるのでしょうね。

       現代の正式なクラブチームに入っている少年選手でも
       半数は正しい握り方を知らないそうです。


Wさん :そもそも気づいていない指導者も少なくないのかもしれません。
      そのような細かい気づきが重なって大きな差になっていくのか…
      と思いました。


CS返信: 指導者との出会いも運なのでしょうね。

(メール部分終了)

 


CS  「リサーチでは高校野球部の選手の2割が

     正しいボールの握り方を知らなかったそうです。」

 

劇団 「全員が甲子園を目指してるとは言いませんが、

     地区大会で1回戦、2回戦ぐらいは勝ちたいと思って

     授業が終わった後に毎日練習してるわけですよね。」

 

    「それがそもそもボールの握り方も知らないって

     気の毒になります。」


CS  「やる前からうまくいく行かないって大抵決まっているんです。」

 

    「仮に、親戚で部活で甲子園目指して頑張っている高校生がいて

     ボールの握り方を間違っているの見たら

 

     (あー、これはもうダメだな!)

 

     と思いますよね。」

 

    「ボールの握り方も教えられない指導者の下で

     野球をやってまともな技術が身につくわけないですから

     やるだけ時間の無駄です。」

 

    「それでも本人が甲子園を目指して泥だらけになって努力して、

     数十年後にチームメイトたちと飲んだ時に思い出を楽しく

     語り合えればそれはそれで貴重な体験だと思いますが。」

 

劇団 「でも野球に限らず、世の中ってこういうことが

     よくありそうです。」

 

CS  「ですから何か始める時に

 

     (どういう指導者につくか?)

 

     (どの本を教材に選ぶか?)

 

     というのは非常に重要なんです。」

 

    「 W さんとのメールのやりとりでも書きましたが、

     最初は何もわからないわけですから、

     その人が持っている運の強さが関係します。」

 

    「逆に言うと、良い指導者や正しいヒントを得るような教材に

     出会えない人は、

 

     そもそもうまく行く流れが無いわけですから

     違うことを探した方がいいんです。」

 

劇団 「CSさんは何かの学習を始める時はどうするんですか?」

 

CS  「わたしはその学習によって実現する未来の設定を、

     時間をかけて他の願望と矛盾が出ないように

     考え抜いた上で紙に書いて、

 

     後は普通に生活しながら気になったものがあったら

     それを調べたりしていると紆余曲折はありますが

     数年後には希望通りの情報が得られています。」

 

劇団 「やはり、設定が重要なんですね。」

 

CS  「アバウトに、

 

     (お金持ちになる)

 

     (年収1億円)

 

     (理想の恋人ができる)

 

     (成功している)

 

     などとがむしゃらに努力するのは

     わたしから見ると破滅への第一歩ですね。」

 

     「何事もバランスが重要です。」

 

劇団 「でも自分ではよくわかんないんですよね。」

 

CS  「それは素直に流れを見ていればわかると思います。」

劇団 「どういうことですか?」

 

CS  「過去記事で、手に触れた瞬間に本質をズバリと言い当てる

     サイコメトリー能力を持った占い師の話を書いたことがあります。」

 

劇団 「CSさんが

 

    (この人は本物のサイキックだ。)

 

     と言っていた人ですね。」

 

 

(以下は過去記事からの抜粋部分です)

 

 

CS  「やたらと勘のいい女性受講者 I さんが

     以前その方の鑑定を受けて

     

     (まるで後ろから見られていたのではないか?)

 

     というくらいズバズバ当てられたのですが

     

     興味を持った受講者10人ぐらいが

     その占い師の鑑定を受けました。」


    「その内容を聞くと、わたしが受講者について感じていた
     本質的な事柄や運勢、人生パターンを的確に捉えて
     短いフレーズで表現するので感心しました。」

    「さらにその占い師は、わたしと共通する価値観を
     持っていると感じる部分がありました。」


劇団 「なんですかそれは?」     

CS  「鑑定を受けた50代男性受講者Oさんがいて
     彼は数百人規模の中小企業の経営者なのですが、
     その占い師は何も聞かずに彼の手を見た途端に

     
あんたは絶対に投資やギャンブルは
     やっちゃダメだよ!!!

 

     と言ったそうです。」

    「他にも受講者で将来、起業することを勧められた人が
     いたのですが同じ注意を受けました。」


(抜粋部分終了)

 

 

劇団 「その占い師ってはっきり言いますね。」

 

CS  「先日、40代の外科医をしている男性受講者Kさんが

     その占い師鑑定を受けに埼玉に行ったんです。」

 
    「その時に、

 

      大抵のことは成し遂げる能力はあるから

      独立も視野に入れて行動した方がいい。

 

     など短時間に的確なアドバイスをされたそうですが、

     
    株式投資やギャンブルは才能がない。

      とはっきり言われたそうです。」

 

劇団 「確か、勘のいい女性受講者Iさんは投資を学んだら、

 

    2,3年は苦労するけど、老後はすごく豊かになれるよ!

 

     と太鼓判を押されたんですよね。」

 

CS  「やはり人には生まれ持った運勢や適正があるわけです。」

 

劇団 「でもそうやって自分の適正が分かるっていいですね。」

 

CS  「わたしも受講者で自分の進路や適正に迷っている人がいて

     地理的に可能な場合は、
     

     (あの占い師に訊いてみたらいいんじゃない?)

 

     と勧めたりします。」

 

    「しかし、どうしてもその占い師に会えない人がいます。」

 

劇団 「どういうことですか?」

 

CS  「その占い師は日本全国を回りながらお祭りの時だけ
     店を出して鑑定しているんです。」

 

    「料金は500円のワンコインです。」

 

劇団 「それだけの能力があったら自分の店を出して

     1時間 3万円とかの料金にすれば

     儲かるんじゃないですか?」

 

CS  「おそらくドロドロした関係性を持ちたくないのでしょうね。」

 

劇団 「ドロドロした関係性?」

 

CS  「店を出すと、月に何回もリピーターのように訪れて

     恋愛やら仕事の悩みなど何でも彼の占いに頼ろうと

     する人が出てくるでしょう。」

 

    「するとドロドロした依存関係になってしまいます。」

 

    「しかし、年に1度のお祭りで楽しんでいる人たちが

 

 

    (またあの占い店があるから今年も受けてみるか?)

 

    と気軽に500円を払って数分の鑑定を受ける。」

 

    「占い師も手に触れた瞬間に、   

 

     (あんたまだ独立してないのかい?)

 

     などと気さくに話すくらいですから、

     お祭りの雰囲気も相まって

     さらっと楽しい関係を築けるのでしょうね。」

 

劇団 「なるほど・・・。」

 

CS  「先ほどの話に戻りますが受講者で

 

    (CSが勧めた占い師の鑑定を受けて

     自分に適性があるかどうか訊きたい。)
 

     と言いながらも都合が合わなくなったり、
     面倒くさがったりしてどうしても

     行けない人がいるんです。」

 

    「要するに、

     ある事について自分に適性があるか

     訊きに行けないということは

     そもそも適性が無い。」

 

     「(あんたは○○に適性が無い。)

      

      とはっきり言われるのを潜在意識が

      避けようとしているから行かないわけです。」

     「このように、わたしから見れば(適正が無い)と

      流れが示しているのに本人はわからない。」

 

劇団 「流れの中にいる本人はわからないんでしょうね。」

 

CS      「別に損得や結果なんか気にしないで、

     やりたいことをやっていれば

     楽になれると思うのですが。」

 

劇団 「やりたい事がない人はどうすればいいんでしょうか。」

 

CS  「それはラッキーで、

     何もしたい事が無いんだったら

     それなりに日常を楽しんで生きていけば

     いいのではないでしょうか。」

 

    「ゲームしたり、美味いもの食べたり

     楽しみはたくさんあります。」

 

    「進むことも、諦めることも出来ない人が

     一番キツイと思います。」

 

         「というか最近やたらとそういう人が

    増えている気がして。」


劇団 「うーん・・・・。」

    「でもCSさんは受講者の適正を波動で読んだり

     できないんですか?」

 

CS 「もちろんわかります。」

 

   「ただ、わたしは本人の自由意志を尊重したい立場だから
    本人の好きにやって欲しいんです。」

 

   「本人自身が破滅や苦しみを望んでいるのかも

    しれませんしね。」

 

劇団 「どういうことですか?」

 

CS  「このブログで何度も行っていますが、

     人は本質的に苦しみを求めている存在なんです。」

 

    「ですから、

 

     (○○の資格を取ります)
 

     (○○でお金を稼ぎたいです)
 

     (〇〇の占い鑑定を受けて

      自分の適性を確かめたいです)

     と言いながらいつまでたっても実行しない人を見ると

 

   この人は最高の苦しみを求めているのだな。

 

      と感じます。」   


劇団 「なぜそれが最高の苦しみなんですか?」

 

CS  「人は生まれてから、

     必死に泣くことで親から食事を得ようとしたり、

 

     自分で立ち上がって独りで歩けるように努力したり、
     言葉を話せるように何度もトライしたり、

 

     保育園、幼稚園にいじめっ子がいても我慢して通ったり、

 

     学校に行って長時間の授業を受けて試験勉強したり、

 

     会社で仕事をしながら嫌なことを我慢したりなど、

 

     努力や我慢を重ねて生きていくわけです。」

 

     「そして、最後に死んでいくわけですが、

      死ぬ瞬間はそれまで気にしていた世の中の常識や

      世間体なんてどうでもいい。」

 

     「だって自分の肉体や脳が消滅して、

      それまで自分だと思っていたものが
      消えてしまうわけですから。」

 

     「そうして完全に孤独な状態で

              自分の人生に向き合った時に、


              オレの人生はやるやると言いながら

      本当にやりたいことは何もできなかった
      無駄な人生だった。

 

      我慢したことの全ては無駄で

      虚しかったんだ・・・。

 

      という想いを最後の瞬間に自覚して死んでいく。」

 

     「自分の全存在が無駄だったということを

      実感しながら消滅していく事こそ
      人生で最も恐ろしいことなのではないでしょうか?」

 

     「ですから、損得や世間体、結果を気にしないで

      やりたいことをやって失敗したり破滅する人は

      幸せなんです。」

 

     「やりたいことをやったという満足感は抱いて

      死んでいけるわけですから。」

 

     「本当に悲惨なのはやりたいことやらないで

      最後を迎えた人間です。」

 

     「ですからわたしはそういう人を見ると、

      あー、この人はやるやると言いながら何もやらないで
      貴重な人生の時間を無駄に過ごすことで
      最後に死ぬ瞬間に、


      (オレの人生はやるやると言いながら何もできなかった
       空虚で無駄な人生だったのだな。)


      と虚しさを感じながら消滅していく

      最高の苦しみを望んでいるのではないか?

 

      と感じるわけです。」

 







※次回の記事更新日は11月1日になります。



『コメント欄の利用について』

当ブログのコメント欄では記事に対する感想のみを受け付けており、
質問に対する回答はしておりません。

メールやメッセージでの質問、 問い合わせにも対応していません。
(新規受講者の受付は停止しています。)