kaiです☆
こんばんみ☆
先日のエチカの鏡で「介護ロボット『イフボット』」が紹介されていたので、
「人工無脳」のことを連想しました
なので、ちょっと書いてみます
人工無脳とは、「人工知能」の対応語
人工知能は、ボトムアップ式、内部から人間知能を再現しようとするのに対し、
人工無脳は、トップダウン式、外部から人間知能を模倣するものです
これが、心理学や言語学、哲学に通じる分野である事は想像できるのではないでしょうか
人工無脳とは、人工知能とは異なり、
「知的な機械」ではありません
「知的な機械」、つまり人工知能であるかどうかを判定する基準を、
「チューリング完全」と呼びます
チューリングさんが考えたんですけどね
チューリング完全かを判定する実験を「チューリング・テスト」と言います
チューリング・テストをクリアした場合、
その機械は晴れて人工知能であると認定されるわけです
例えば英語の試験に合格すれば「英語が出来る人」であり、
日商簿記1級に合格すれば「大学商学部レベルの簿記能力がある人」であるようなものです
しかし、です
果たしてテストに合格した者は、本当に適格者なのでしょうか
「中国語の部屋」という、人工無脳に関する思考実験があります
内容は、以下の通り
まず、内外が互いに完全に見えない大きな部屋を用意します
その部屋の中には、巨大な本棚とデスクがあります
本棚には本がびっしり詰まっていて、全てが「中国語」の本です
中国語の本といっても、中国の文学や、中国語の文法の本などではありません
全ての本は一種の辞書であり、英語圏の人向けに書かれています
例えば「○■♪×▼◎(Do you love me?)」と書かれていたら、
それには「△■☆●▲(I love you so much.)」と返すように、と書かれている
但し、中国語文章に対する英訳(カッコ内)はどこにも書かれていません
この部屋には、中国語のあらゆる問いかけに対する回答が、
全てのパターンにおいて揃っているのです
さて、そんな奇妙な部屋に、ある一人の男が来ました
その男は、中国語とは縁遠い、一人の英国人でした
彼は生まれてこの方中国へ旅行へ行ったことも無く、
中国人の友人も持ったことが無く、
それどころか中国語を見聞きした事など一度もありません
そのまま中年になり、体は太り、顔はニキビ面のハゲ頭になっていました
彼がこの部屋で待っていると、唯一の出入り口であるドアの、
新聞受けにメモ紙が投函されます
そのメモ紙を手にとって見ると、
そこには何やら見慣れない記号のようなものが書かれています
実は中国語なのだが、彼にはそれすらも解りません
本棚の本を見てみると、よく似た文字が並んでいます
辞書かと思ったが、意味についての解説が一切ありません
ただひたすら、「『………』と書かれていたら『~~~』と返せ」と羅列されています
彼はデスクについて本を眺めていると、
中から、投函された記号列と同じものを見つけました
それに対して返す記号列も書かれています
彼は筆を取ってその記号列を白紙のメモ紙に書き写すと、
ドアの下の隙間から外へ返しました
そう、彼は中国語を知らずして、
中国人と文通を始めたのです
きっと哀れな文通相手である冴えない中国人の男は、
この部屋の住民が、優しく美しい中国人の女性であるに違いないと、
信じて止まないことでしょう……
というのが、「中国語の部屋」という話です
この話の面白いところは、
「知識」と「思考」は、外部から見たら置換可能なのだということです
その人が考えて出した答えなのか、
はたまた誰かの受け売りなのか
その判定は非常に難しい
万人の脳が、この中国語の部屋を外から見た状態かもしれません
人工知能をテストする事も、事実上無意味という事になります
少なくとも本当の意味でのチューリング・テストは存在しません
一般的なテストも同じです
例えば、大学の入学試験
殆どの人間が、正しいプロセスや正解をどれだけ多く「記憶」し、
それをどれだけ「高速に」検索するか、という訓練をして試験に臨みます
それはまるで、中国人の部屋ですよね
しかし、これを防ぐ試験など存在しないのです
学習とは本来、個人もしくは集団、ひいては種族を生き残らせる為のもの
人類にとっても、人生と生活の為に学習能力は存在するはずです
しかし、学校教育のどこに「生存」の二文字があるのでしょうか
むしろ、あまりにかけ離れていますね
結局は、そこに集う生徒・学生も、
「学習者」としての本分を果たしてはいないのです
そう言えば、「涼宮ハルヒ……」にて、
オス三毛猫のシャミセンがこんな事を言っていました
「そんなことはオウムやインコでもするだろう
君は相手と会話が通じているという証拠をどこから得るんだね?」
……みたいな事を
さて、証拠はどこにあるんでしょうか?
kaiでした☆
こんばんみ☆
先日のエチカの鏡で「介護ロボット『イフボット』」が紹介されていたので、
「人工無脳」のことを連想しました
なので、ちょっと書いてみます
人工無脳とは、「人工知能」の対応語
人工知能は、ボトムアップ式、内部から人間知能を再現しようとするのに対し、
人工無脳は、トップダウン式、外部から人間知能を模倣するものです
これが、心理学や言語学、哲学に通じる分野である事は想像できるのではないでしょうか
人工無脳とは、人工知能とは異なり、
「知的な機械」ではありません
「知的な機械」、つまり人工知能であるかどうかを判定する基準を、
「チューリング完全」と呼びます
チューリングさんが考えたんですけどね
チューリング完全かを判定する実験を「チューリング・テスト」と言います
チューリング・テストをクリアした場合、
その機械は晴れて人工知能であると認定されるわけです
例えば英語の試験に合格すれば「英語が出来る人」であり、
日商簿記1級に合格すれば「大学商学部レベルの簿記能力がある人」であるようなものです
しかし、です
果たしてテストに合格した者は、本当に適格者なのでしょうか
「中国語の部屋」という、人工無脳に関する思考実験があります
内容は、以下の通り
まず、内外が互いに完全に見えない大きな部屋を用意します
その部屋の中には、巨大な本棚とデスクがあります
本棚には本がびっしり詰まっていて、全てが「中国語」の本です
中国語の本といっても、中国の文学や、中国語の文法の本などではありません
全ての本は一種の辞書であり、英語圏の人向けに書かれています
例えば「○■♪×▼◎(Do you love me?)」と書かれていたら、
それには「△■☆●▲(I love you so much.)」と返すように、と書かれている
但し、中国語文章に対する英訳(カッコ内)はどこにも書かれていません
この部屋には、中国語のあらゆる問いかけに対する回答が、
全てのパターンにおいて揃っているのです
さて、そんな奇妙な部屋に、ある一人の男が来ました
その男は、中国語とは縁遠い、一人の英国人でした
彼は生まれてこの方中国へ旅行へ行ったことも無く、
中国人の友人も持ったことが無く、
それどころか中国語を見聞きした事など一度もありません
そのまま中年になり、体は太り、顔はニキビ面のハゲ頭になっていました
彼がこの部屋で待っていると、唯一の出入り口であるドアの、
新聞受けにメモ紙が投函されます
そのメモ紙を手にとって見ると、
そこには何やら見慣れない記号のようなものが書かれています
実は中国語なのだが、彼にはそれすらも解りません
本棚の本を見てみると、よく似た文字が並んでいます
辞書かと思ったが、意味についての解説が一切ありません
ただひたすら、「『………』と書かれていたら『~~~』と返せ」と羅列されています
彼はデスクについて本を眺めていると、
中から、投函された記号列と同じものを見つけました
それに対して返す記号列も書かれています
彼は筆を取ってその記号列を白紙のメモ紙に書き写すと、
ドアの下の隙間から外へ返しました
そう、彼は中国語を知らずして、
中国人と文通を始めたのです
きっと哀れな文通相手である冴えない中国人の男は、
この部屋の住民が、優しく美しい中国人の女性であるに違いないと、
信じて止まないことでしょう……
というのが、「中国語の部屋」という話です
この話の面白いところは、
「知識」と「思考」は、外部から見たら置換可能なのだということです
その人が考えて出した答えなのか、
はたまた誰かの受け売りなのか
その判定は非常に難しい
万人の脳が、この中国語の部屋を外から見た状態かもしれません
人工知能をテストする事も、事実上無意味という事になります
少なくとも本当の意味でのチューリング・テストは存在しません
一般的なテストも同じです
例えば、大学の入学試験
殆どの人間が、正しいプロセスや正解をどれだけ多く「記憶」し、
それをどれだけ「高速に」検索するか、という訓練をして試験に臨みます
それはまるで、中国人の部屋ですよね
しかし、これを防ぐ試験など存在しないのです
学習とは本来、個人もしくは集団、ひいては種族を生き残らせる為のもの
人類にとっても、人生と生活の為に学習能力は存在するはずです
しかし、学校教育のどこに「生存」の二文字があるのでしょうか
むしろ、あまりにかけ離れていますね
結局は、そこに集う生徒・学生も、
「学習者」としての本分を果たしてはいないのです
そう言えば、「涼宮ハルヒ……」にて、
オス三毛猫のシャミセンがこんな事を言っていました
「そんなことはオウムやインコでもするだろう
君は相手と会話が通じているという証拠をどこから得るんだね?」
……みたいな事を
さて、証拠はどこにあるんでしょうか?
kaiでした☆