こんばんは、kaiです☆
あのですね、セガの公式サイトで、こんなページを見つけました
「セガハード大百科」
セガ自らがこんなページを設置するとは、
本当に自社製品愛の強い会社なんですね
「ホビーパソコン」と呼ばれたゲーム機草創時代のハードSC-3000から、セガサターンまで
思えば、トップにこそ一度もならなかったものの、
セガはソニーに取って代わられるまでは、
正当な家庭用ゲーム機ハードメイカーだったんですよね
業務用のアーケードゲーム筐体を家庭用に小型化したのが、
セガを初めとするアーケード用ハード製造者の発想でした
ネオジオを販売したSNKも同じ着想でした
その他、任天堂のような、
アーケードゲームとは縁の薄い、家庭用ゲーム機を独自路線で開発してきた企業
PCエンジンを販売したNECや、3DOリアルを販売したPanasonicのように、
家庭向けコンピュータ技術の側面から模索した企業
……というように、企業こそ入れ替わりつつも、
今でもゲーム機市場は同じような面子になっています
(玩具の任天堂、コンピュータのソニーとマイクロソフト)
しかし、アーケード筐体メーカーが消えてしまったことは、
少し寂しいことですね
と、家庭用ゲーム機のことを少し考えていたら、
いろいろとオモシロい感じになってきてしまいました(?)
Wikipediaには、年表も掲載されていました
日本におけるゲーム機戦争(Wikipedia)
思えば、3DOリアルは「情報家電」という位置づけで販売されていました
また、携帯ゲーム機戦国時代にはネオジオポケットがSNK、
ワンダースワンがバンダイから販売されていました
(バンダイがゲーム機ハードを製造するなんて、今思えば大胆です)
いずれもカラー版が程なく販売されましたが、
その時期(上記2機は1999年発売、ゲームボーイカラーは1998年発売)と比較すると、
PCエンジンGTとゲームギア(いずれも1990年発売)は非常に早かった
「携帯機=モノクロ」という概念がゲームボーイの影響だったという面と、
カラー液晶を用いたゲーム機の電力消費を抑える技術の難しさを表していたのでしょう
思えば、PCエンジンGTとゲームギアは液晶テレビとしても使用可能ですし、
しかもPCエンジンGTは、据え置きハードのPCエンジンの互換機であるという凄いマシンでした
ゲーム機市場において歴史的な変化は、
据え置き機のメディア体がロムカセットからCD-ROMへ移行したことでしょう
その変化を焚きつけたのは確実にソニーであり、
筐体用ロムのデータを流用して家庭用ロムを作成していた、主にセガ製ハード用のソフトは、
安価で次世代的なCD-ROMに、イメージと価格と容量とで全面的に押されてしまった
もちろん、任天堂製の機種(当時はスーパーファミコン)が市場シェアトップを始めて明け渡した相手も、
ソニーのプレイステーション(1994年12月発売、ソニー)だった
1993年3月発売の3DOリアル、1994年9月発売のネオジオCDでは成し得なかったメディア革命を、
プレイステーションはもたらしたわけですね
「次世代ゲーム機」のパラダイムシフトです
セガも先駆けての1994年11月、対抗すべくセガサターンを発売しています
セガサターンの開発にはビクターと日立製作所が関わっていて、
ビクター製互換機Vサターンや、日立製互換機Hiサターンも発売されました
しかし任天堂機はロムカセット媒体にこだわり続け、
1996年6月発売のNINTENDO64でもロムカセットを採用
初のCD-ROM採用となったのは、2001年9月発売のゲームキューブだった
但し、シングルサイズの8cmCD-ROMという見慣れないもの
見慣れた12cmは、2006年12月発売のWiiが初めてでした(PSから12年後)
NECはPCエンジンの次世代として、CD-ROMメディアを標準とするPC-FXを1994月12日に発売し、
プレステと同じ「次世代ゲーム機」として乗り出しましたが、
私は未だに実物を見たことがありません……
とまあ、ゲーム機というものは、
家庭向けメディアを開発・販売していくにあたっての「斥候」的な役割であるもの(プレステなど)や、
家庭向けエンタテイメントの新型模索を担っているもの(Wiiなど)であると言えます
今や、インターネットや携帯電話・音楽機などとも市場を共有する部分があり、
今後の娯楽業界全体を先導していく分野ともいえるでしょう
さて、長くなりそうなのでこの辺で……
後半戦は、拡張系オプションを中心に書いてみます
kaiでした☆
あのですね、セガの公式サイトで、こんなページを見つけました
「セガハード大百科」
セガ自らがこんなページを設置するとは、
本当に自社製品愛の強い会社なんですね
「ホビーパソコン」と呼ばれたゲーム機草創時代のハードSC-3000から、セガサターンまで
思えば、トップにこそ一度もならなかったものの、
セガはソニーに取って代わられるまでは、
正当な家庭用ゲーム機ハードメイカーだったんですよね
業務用のアーケードゲーム筐体を家庭用に小型化したのが、
セガを初めとするアーケード用ハード製造者の発想でした
ネオジオを販売したSNKも同じ着想でした
その他、任天堂のような、
アーケードゲームとは縁の薄い、家庭用ゲーム機を独自路線で開発してきた企業
PCエンジンを販売したNECや、3DOリアルを販売したPanasonicのように、
家庭向けコンピュータ技術の側面から模索した企業
……というように、企業こそ入れ替わりつつも、
今でもゲーム機市場は同じような面子になっています
(玩具の任天堂、コンピュータのソニーとマイクロソフト)
しかし、アーケード筐体メーカーが消えてしまったことは、
少し寂しいことですね
と、家庭用ゲーム機のことを少し考えていたら、
いろいろとオモシロい感じになってきてしまいました(?)
Wikipediaには、年表も掲載されていました
日本におけるゲーム機戦争(Wikipedia)
思えば、3DOリアルは「情報家電」という位置づけで販売されていました
また、携帯ゲーム機戦国時代にはネオジオポケットがSNK、
ワンダースワンがバンダイから販売されていました
(バンダイがゲーム機ハードを製造するなんて、今思えば大胆です)
いずれもカラー版が程なく販売されましたが、
その時期(上記2機は1999年発売、ゲームボーイカラーは1998年発売)と比較すると、
PCエンジンGTとゲームギア(いずれも1990年発売)は非常に早かった
「携帯機=モノクロ」という概念がゲームボーイの影響だったという面と、
カラー液晶を用いたゲーム機の電力消費を抑える技術の難しさを表していたのでしょう
思えば、PCエンジンGTとゲームギアは液晶テレビとしても使用可能ですし、
しかもPCエンジンGTは、据え置きハードのPCエンジンの互換機であるという凄いマシンでした
ゲーム機市場において歴史的な変化は、
据え置き機のメディア体がロムカセットからCD-ROMへ移行したことでしょう
その変化を焚きつけたのは確実にソニーであり、
筐体用ロムのデータを流用して家庭用ロムを作成していた、主にセガ製ハード用のソフトは、
安価で次世代的なCD-ROMに、イメージと価格と容量とで全面的に押されてしまった
もちろん、任天堂製の機種(当時はスーパーファミコン)が市場シェアトップを始めて明け渡した相手も、
ソニーのプレイステーション(1994年12月発売、ソニー)だった
1993年3月発売の3DOリアル、1994年9月発売のネオジオCDでは成し得なかったメディア革命を、
プレイステーションはもたらしたわけですね
「次世代ゲーム機」のパラダイムシフトです
セガも先駆けての1994年11月、対抗すべくセガサターンを発売しています
セガサターンの開発にはビクターと日立製作所が関わっていて、
ビクター製互換機Vサターンや、日立製互換機Hiサターンも発売されました
しかし任天堂機はロムカセット媒体にこだわり続け、
1996年6月発売のNINTENDO64でもロムカセットを採用
初のCD-ROM採用となったのは、2001年9月発売のゲームキューブだった
但し、シングルサイズの8cmCD-ROMという見慣れないもの
見慣れた12cmは、2006年12月発売のWiiが初めてでした(PSから12年後)
NECはPCエンジンの次世代として、CD-ROMメディアを標準とするPC-FXを1994月12日に発売し、
プレステと同じ「次世代ゲーム機」として乗り出しましたが、
私は未だに実物を見たことがありません……
とまあ、ゲーム機というものは、
家庭向けメディアを開発・販売していくにあたっての「斥候」的な役割であるもの(プレステなど)や、
家庭向けエンタテイメントの新型模索を担っているもの(Wiiなど)であると言えます
今や、インターネットや携帯電話・音楽機などとも市場を共有する部分があり、
今後の娯楽業界全体を先導していく分野ともいえるでしょう
さて、長くなりそうなのでこの辺で……
後半戦は、拡張系オプションを中心に書いてみます
kaiでした☆