はい、kaiです☆
9月なんですから、もっと涼しくなれ~


見る番組が殆ど決まってしまっている私は、
先日の24時間テレビを完全スルーしてしまいました

毎回、チャリティとかをやってるやつですよね?
エドはるみさんが走るらしい、というのは聞いていました

あと、SPEEDが再結成して……という話も聞いていました
私はSPEEDメンバーと歳が近いですが、
売れた頃にそれほど注目していませんでしたので、
あんまり詳しくないです
でも、すごく人気がありましたよね

24時間テレビが終わって、
いくつかニュースを目にしました
一つは、今井さんが息子さんの聴覚ハンディキャップを番組内で公表したということ
もう一つは、今井さんの元夫の175Rの人が、その行為を残念に思ったということ

大部分は、家族の問題かなと思いますので、
私としても関心が無いですし、
何かを言えないなと思います
あくまで、公に向けられたメッセージだけ受取ろうと思います

「障害は個性であると受け止め、個性を受け入れあえる世の中になってほしい」
……みたいな事を、今井さんは仰っていたそうですね

もちろん、私もそういう社会になったら良いと思います
もっとありきたりに、ハンディを持つ人も溶け込んでいる社会
そういう世の中を作りたい

例えば、知的なハンディを持っていないタイプの方は、
知的な労働で活躍できるはずです
逆にハンディを通して、
洗練された知性を身につけられる可能性は、
ノーハンディの人より高いかもしれません

知的ハンディを持つ方には、
是非アーティスティックなスキルを身につけられる場を開いていきたい
ご存知かもしれませんが、アーティストの中にはそのような人が割合多いのです
アートは未開の境地が多いですが、
知的ハンディも未開の境地が多いのです
奥で通じ合っている可能性は、
これもまたノーハンディの人より高いかもしれません

絶対にやってはいけないのは、
安直に単純労働のような職に就かせることです
当然ながら、相手は人間なのです
仮に言葉のハンディを持っている方だったとしても、
その心中に言葉を持たないわけではありません

こうして、ハンディを持つ方々にも社会参加の場が開かれていけば、
どうしても労働に就けない方を補助する事もずっと簡単になるはずです


……と、ここまで書いてきましたが
私の言いたいことは、実は今井さんとは逆のことなのです
「障害は個性である」
私は、そうは思っていないです

そもそも、「個性」とは何なのか

「個性」とは、Uniqueness
つまり、「唯一性」です
あなたは、あなた以外の何者でもない
これは、当然のことですよね
もし、「あなただけがあなた自身である」ではない状態がありえるとしたら、
他の誰かも同時にあなたである、とか、
あなたは誰でもない(誰でもない人物が存在する)、とか、
明らかに矛盾したことになります

個性は当たり前のことであるのに、
存在している事自体が自分の個性だと自覚している人は少ないようです
「何か他の人とは違う能力を持つ」事が個性だと、
多くの人は思っているでしょう

しかし、これでは「社会性」と矛盾しませんか?

社会というものは、多くの人間たちで構成されています
構成する人々はそれぞれ異なる能力を持っていますが、
客観的に「唯一」と取られているわけではありません
あくまで、「代替可能」なのです
もし客観的厳密に「唯一」な人間が社会を構成していたら、
その人物を失ったとたんに、その社会は永遠に一部昨日を失います
それが許容されるのは、アーティストくらいでしょう

そういうわけで、個性と代替可能性は相容れないわけです
しかしながら人間は生まれながらに固有ですから、
個性の強度をコントロールする事(つまり環境適応)と、
教育によって擬似的にでも代替可能性を設定する事(つまり後継者育成)が、
必ずテーマになります
個性が強いほど、このテーマは高い壁になります


個性が生む不幸は、代替の難しさ
これは家族の内部でも言えることです

親は、子の個性を認めているでしょうか
子にとって親は、義理などを除くと、
父母それぞれ一人しかいません
しかし、親にとって子は唯一でない場合が多いです

発展途上国の、特に貧しい国の家庭では、
子が飢えで死ぬと、すぐに新しい子をつくるそうです
文字通り、「つくる」という感覚です
子が死んだ時、親が悲しんでいるのかは解りません
悲しんだとしても、それをいつまで記憶しているか、
どのくらいの重みで感じているか、
他の子の死とどれだけ区別しているか……
そもそも、そんな事を知りえるのか、考える意義があるのか……

こういう現実を正面から捉えるとき、
「個性」という主張があまりに弱弱しい気がしませんか
豊かで発展した国の驕りのような気がしませんか

但し、はっきりしている事は、
誰にも代えがたい人物が世を去ったとき、
それは非常につらく、そして生涯に影響を与えるということです
「個性=代替不可能」とは、そういう事でしょう
これは、果たして全ての人に対して抱ける心情なのでしょうか


もう少し、愛について考えてみるのも、
現代人には必要な事だと思います


kaiでした☆